『残酷すぎる成功法則』の評価、レビュー、批判【エビデンスベースドの貧しさについて】

エリック・バーカー『残酷すぎる成功法則』は、エビデンスのある成功法則を提示することで支持を得たベストセラーだ。

多くの自己啓発本やビジネス本が、著者の主観的な意見を提示しがちなのに対して、本書は、大学などの研究機関で発表された、エビデンスのあるデータのみを使って、客観的に論じている。

「本の要約と解説」に関しては以前別に書いているので、内容を知りたい人は以下を見てほしい。

エリック・バーカー『残酷すぎる成功法則』の要約と解説

この記事では、内容のまとめではなく、レビュー的な内容を述べていく。やや批判的な視点で見ている。

「まとめ」的な内容

著者のエリック・バーカー自身は、人気ブロガーであり、研究者というわけではない。本書は、いわゆる「ブログの書籍化」みたいな感じで、ブログで評判が良かった記事を再編集して本にしたような内容でもある。ただ、紹介されている研究やエピソードなどは興味深いものが多く、面白く読み進めることができる。

全部で第6章まであるが、特定のトピックに沿って、両極端の結論が出た研究を並べながら話が進んでいくことが多い。決まった結論を提示するのではなく、「こういう考え方もあれば、こういう考え方もあるよ」という形で進んでいく。

例えば、「外向的な人と内向的な人、どちらが成功しやすいか?」というトピックに対して、外向的な人が成功するというエビデンスと、内向的な人が成功するというエビデンスの、両方が紹介される。

一方で、両論を載せること自体は評価できるやり方なのだが、著者が明確な芯を提示できていないように感じるところも多々ある。それぞれに文脈や前提の違う研究やエピソードを、むりやり一つのトピックに沿って紹介しているので、混乱した印象を受けるし、全体の流れや趣旨を把握しにくい文章ではあると思う。並列されている実験の前提が噛み合っていないので、厳密に考えようとするほど混乱してしまう。

成功した人物の興味深いエピソードや、心理学の様々な研究の要約的な内容が紹介されていて、面白いのだが、良くも悪くも「まとめ」的な、底の浅い記述に思えるところが多かった。

 

原題と日本語タイトルについて

本書は、「竹中てる実」が翻訳、「橘玲」が監修ということになっている。

日本語タイトルは『残酷すぎる成功法則』だが、原題は『Barking Up the Wrong Tree』だ。

「Barking Up the Wrong Tree」は、「見当違いの木の上に吠えている」という意味で、「根拠のない成功法則に群がるな」というようなイメージだ。けっこう人を小馬鹿にしたようなニュアンスのタイトルだろう。

なお、著者のエリック・バーカーは、英語圏の人気ブロガーで、ブログのドメインは「bakadesuyo.com」。(自分の名前と掛けているが、日本語を学んだことがあるのかもしれない。)

『残酷すぎる成功法則』という日本語タイトルは、セールス的な目的で言えば成功しているのかもしれないが、原題のイメージからは離れてしまっているように思える。

本書は、特に「残酷すぎる」と言えるような「身も蓋もない話」をしているわけではないし、「成功法則」なるものを直接的に打ち出しているわけではない。「こうすれば成功する!」ではなく、「根拠のない成功法則を信じないで、エビデンスのあるものを踏まえてみてはいかが?」という感じだ。

だから、日本語タイトルのイメージを期待して読むと、「ちょっと思ってたのと違う」と感じる人が多いかもしれない。

 

「エビデンスがある」という理由で評価すべきなのか?

本書の良い点と悪い点をそれぞれ挙げるなら、

「良い点」は

  • エビデンスのある研究を紹介し、引用元をしっかり明記している
  • ひとつのトピックに対して、正反対の結論を出した複数の研究を載せることが意識されている

「悪い点」は

  • 全体の構想が甘く、趣旨が定まらない印象を受けるし、「まとめ」的な紹介になっている
  • いくつもの研究結果が紹介されているが、それらがちゃんと検証されているとは思えない

「従来の自己啓発本は、著者の主観で書かれているのに対して、本書は客観的で、ちゃんとしたエビデンスがある」と評価されているが、「エビデンス」という部分が過大評価されているように思う。

たしかにエビデンスは重要だが、「エビデンスがあるから評価できる」というのも、ある種の宗教的(権威主義的)な感性だろう。

ひとくちに「エビデンス」と言っても、調査対象が偏っていたり、特定の地域の特定の階層の人たちの性質が一般化されていたりなど、実験の正確さは玉石混交だ。

『残酷すぎる成功法則』の参考文献の長さは膨大なものになっているが、学術的な手続きの部分はしっかりしている。「研究の正確さに疑問があるのなら、参考文献に引用元を載せているので、そこから調べてみてください」ということだ。しかし、そのような「科学的な方法」に準拠しているから胡散臭くない、というのも、程度の低い見方だろう。現実的に、引用元に疑問があったとしても、いちいち参考文献を探して検証する手間をかけるのは現実的ではない。

もちろん「実験の正確さ」の責任は論文を出した研究者側にあり、「役割分担」がされているからこそ、研究結果を引用して論じていいことになっている。しかし、紹介されている研究が、どういう文脈と前提を元に、どの対象を扱い、どういう研究手法によってその結果を出したのか、というところまで踏み込んで書かれなければ、エビデンスベースドとまでは言えないのではないか。

実際のところ、『残酷すぎる成功法則』は、心理学の研究結果のキャッチーなところを、都合の良いように持ち出して、曖昧に繋げているように思える。それぞれ違う文脈の研究を、同じトピックのものとして比較検討したりしている。

つまり、プロセスを重視せず、研究結果の表面的なところだけを適当に扱っている印象を受けるし、それで参考文献を最後に提示すればエビデンスベースドなのかと言うと、そうは言えないだろう。

 

エビデンスを盾にすることの貧しさ、視野の狭さ

本書は、「成功」に関連のありそうな様々な研究の紹介として読んでも、それなりに楽しめる。

ただ、紹介されている研究の多くが心理学の領域に属するものだが、「世知辛い」という印象を受けた。

以前、「科学」は、知的好奇心それ自体に投資してもらえるわけではなく、何らかのイデオロギーと結びつかなければ機能しないという趣旨の記事を書いた。

『サピエンス全史』の「科学」の記述から考える、博士の待遇が悪く学術研究がつらい理由【ポスドク問題】

学術研究には何らかの「成果」を求められるが、「成功法則」という一般人受けするキャッチーなものを研究テーマにしなければ予算がつきにくくなっている現状があるのだろう。

そして、この手の「実際的な効果がありそうな研究」は、重要な問題を扱っているように見えて、実は貧しいものではないかと思えた。

例えば、この手の「心理学と成功法則を結びつけた系」の研究の中でも、『GIVE&TAKE』などを著したアダム・グラント教授は、まだ若い研究者でありながら、多くの注目を浴びている。彼の研究は『残酷すぎる成功法則』でも紹介されていて、それに関する記事は以前書いた。

利己的な人と利他的な人、どちらが成功しやすい?【ギバー&マッチャー&テイカー】

『GIVE&TAKE』の研究では、被験者の心理的な傾向と、社会的地位を調べ、その関連を探り出そうとする。

そこからわかった興味深い結論は、「ギバー(受け取る以上に人に与えようとする)」という特徴を持つ人は、「マッチャー(与えることと受け取ることのバランスを取ろうとする)」や「テイカー(与えるより多くを受けとろうとする)」と比べて、大成功している人と大失敗している人に二極化しやすかったのだという。

では、「成功するギバー」と「失敗するギバー」を分けるのは何かと言うと、「自己犠牲型」か「他者志向型」かの違いだ。自己犠牲的なギバーは搾取されて失敗しやすいが、お互いに利益を享受できる「Win-Winの関係」を目指そうとする他者志向型のギバーは、成功しやすいらしい。

この研究の結論としては、「お互いにWin-Winの関係を築ける、他者志向型のギバーを目指しましょう。それがエビデンスのある成功法則です」ということになる。

しかしこれは、(研究の性質上しかたないものの)あくまで「個人の性質」に焦点を充てた、限定的な知見に過ぎない。「成功」という現象は、「何を成功と定義するか?」も含めて、膨大な因果関係・相関関係が関わるものであり、「エビデンスがある」と言えるほどの狭い定義と厳密さを求めたところで、つまらない結論にしかならないのではないか。

「他者とWin-Winの関係を築ける人間は成功している傾向にある」という「エビデンスのある成功法則」は、「そりゃそうだろ」としか言いようのない結果論であって、それを「エビデンスがあるから」という理由でありがたがるのは、単なる権威主義のように思える。

もっとも本書は、日本語のタイトルからは想像しにくいが、わかりやすい「成功法則」を提示しているわけではなく、あくまで、「様々な研究結果を踏まえながら調整していくことが大事」という慎重なスタンスをとっている。数多くの研究が紹介されている点で価値があるし、数あるビジネスと比較しても良書と言えると思う。

ただ、コヴィーの『7つの習慣』やカーネギーの『人を動かす』などの自己啓発本と比べて、「エビデンスがあるから本書のほうが優れている」みたいな考え方をするのは浅はかだろう。

 

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