田中靖浩『会計の世界史』の要約と解説【3/3】第3部 会計管理とファイナンス

田中靖浩『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語』の要約&解説をしていく。

当記事は、『会計の世界史』要約の「第3部 会計管理とファイナンス」にあたる。

「第1部」と「第2部」を未読であれば、先に以下を読むことを推奨。

田中靖浩『会計の世界史』の要約と解説【1/3】第1部 簿記と会社の誕生 田中靖浩『会計の世界史』の要約と解説【2/3】第2部 財務会計の歴史

 

簿記や会計といった「帳簿をつけること」には、

  • 「管理会計(自分のための会計)」
  • 「財務会計(他人のための会計)」

の大まかに2種類の考え方がある。

前回にあたる「第2部 財務会計の歴史」では、「他人のための会計」である「財務会計」について扱った。

「第3部 会計管理とファイナンス」では、「自分のための会計」である「管理会計」と、その発展である「ファイナンス」について扱っている。

株式を発行して資本を調達した企業が、外部に対して決算書の公開を義務付けられるのが「財務会計(他人のための会計)」であるのに対して、「管理会計(自分のための会計)」は、自分たちの会社の問題点を把握し、これからの活動に活かすことを目的とする。

例えば、1つの製品をつくり出すにあたってのコストを算出しようとする「原価計算」などは、「管理会計」のイノベーションのひとつだった。

第7章 19世紀アメリカ|標準革命|

19世紀のアメリカでは、職人気質の残るヨーロッパとは違った、同質の製品を大量生産する「標準化された製造業」が生まれた。

当時のアメリカは、常に人手不足の、「人件費が高い状態」だった。「流れ作業によって素人でも大量生産ができる工場」は、労働力が貴重だったアメリカだからこそ発展したのだ。

当時のアメリカの経営者たちの主要な関心は、「人件費」と「労働者の管理」にあり、やがてそれが「製品原価の計算」に向かっていった。

熟練の技術者が作る製品ではなく、誰が作っても同じ標準化された製造業だからこそ、「1つの製品をつくるために必要なコスト」を算出することができる。

小さな工場であれば、会計がなくとも何となく全貌を把握できるかもしれないが、複数の製品を複雑な工程を通して作る大型工場になるほど、会計の技術がなければ重要なものを見落としやすくなる。

材料の仕入先、労働者の給料、機械の購入先などをきちんと記入して計算すれば、年間でどれくらいのコストがかかっているかは明らかになる。しかし、それだけでは不十分で、製造業の場合、「製品1個をつくるのにコストがいくらかかっているのか?」が計算できなければ、いくらで売っていいのかわからないし、売上原価の計算が出来ないのであれば粗利を出すこともできない。

「製品1つあたりのコスト」を出すのが「原価計算」で、これによって「どれくらいの規模でつくるべきか?」「どれくらいの価格で売るべきか?」などの戦略を立てやすくなる。

19世紀の機械化が進んだ製造業において、「たくさんつくるほど製品原価が下がる」ことに経営者たちが気づきだし、さらに「原価計算」によって、どこまで価格を下げてもいいのかを計算しやすくなった。経営者たちはこぞって大量生産を始め、ライバルも同じことを考えるので、アメリカではあちこちの業界で過酷な価格競争が勃発した。

「原価計算」は、報告を義務付けられる「決算書」のような、やらなければならない「他人のための会計」ではない。やるかどうかは経営者の自由だ。しかし、それをやることによって、より的確に自分たちの経営状況を把握することができるようになる、「自分のための会計」なのだ。

「管理会計」と呼ばれる「自分のための会計」の技術は、急激な経済成長を遂げるアメリカを主な舞台に、ますます発展していく。

 

第8章 20世紀アメリカ|管理革命|

19世紀の企業経営が「規模」を目指していたのに対し、続く20世紀前半の企業経営は「効率」を目指すようになった。

経営において「効率」を高める一歩は「コスト削減」であり、製造業者は「たくさんつくる」だけでなく「安くつくる」ことを考え始めた。

「シカゴ大学」で経営者向けの講座を始めた、会計学の教授ジェームズ・マッキンゼーは、それまでの専門的すぎる会計講座を反省して、実際の経営に役立つ講座をやろうとした。大学で「管理会計」という名前の講座が開かれ、「予算管理」が教えられることになった。

「どれくらい売れるか」の予測から「どれくらいつくるべきか」を計画することで、在庫や売り損じを防ごうとする「予算管理」は、「過去の取引の記録」だけでなく「将来の計画」を扱う。

また、以前の「原価計算」が「工場」レベルでの「コスト」を扱っていたのに対して、「予算管理」は「全社」レベルでの「利益」を扱う。

「コストだけでなく利益を見よ、過去ではなく未来を見よ」というマッキンゼー教授のポジティブな会計講座は、経営者たちに大きな影響を与えた。

義務である「財務会計」に留まらず、経営に活かすための「管理会計」が学ばれるようになったのだ。

  • 「財務会計」は、外部向けの説明を行う「守りの会計」
  • 「管理会計」は、内部向けの説明を行う「攻めの会計」

と著者はまとめている。

外部向けの「財務会計」は、決まりに従ってキッチリ作らなければならないのに対して、内部向けの「管理会計」は、経営問題を解決するために、経営者側が自由に組み立てる会計だ。

「管理会計」は、厳密さや正確性よりも、「わかりやすさ」が重視される。細かい数字をすべて書く必要はなく、グラフや図なども使って、とにかく自分たちがその情報を活かせるかどうかが重要なのだ。

アメリカの化学メーカーである「デュポン」は、フランス革命時にアメリカに逃亡してきたデュポン家が立ち上げた。デュポンは、19世紀に火薬で一儲けし、20世紀になるとナイロンストッキングの生産など、事業を多角化していく。20世紀初めに社長に就任したピエール・S・デュポンは、「それぞれの事業の収益性」を厳しくチェックする、「デュポンの数値管理」の基本を確立した。

ピエールは、アメリカの化学メーカー「ジョンソン社」の社長を務めたこともあったが、そこから「数字の鬼」とされていたジョン・ラスコブを右腕として引き抜き、デュポン社の「セグメント情報」の構築にとりかかった。それまでは仕切りが曖昧だった社内組織を「黒色火薬・無煙火薬・ダイナマイト・販売」の4つのセグメントに区分し、それぞれの収益性を計算して業績評価を行うようにした。

以前までの業績評価は、利益率や原価率で行われるのが一般的だったが、利益を出すために会社は「投資」をしているのだから、「投資に見合った利益」という視点が重要だとピエールたちは考え、そこから有名な「デュポン公式」が生まれた。

「デュポン公式」は、「ROE(自己資本利益率)」を「収益性」「資産の効率性」「財政状態」に分けて分析する方法で、「投資に見合った利益を出せているかどうか」などの指標として、現在も重要視されている。

「管理会計」における画期的な方法のひとつとされた「セグメント分析」は、製品、事業、地域など、それぞれの結果を分けて評価する。各パートの売上・利益を明確にした評価方法は、「従業員の業績評価」の進歩をもたらし、「それぞれの担当者に業務を任せる」といった組織の分権化を進める条件にもなった。

デュポン社は1910年代から公式を活用していたが、長らく社外には秘密にしていた。

「管理会計」は、内部利用目的の「経営に役立つツール」であり、公開性が重んじられる「財務会計」と違って、その方法が「秘伝」として外に出されないことも多い。

 

第9章 21世紀アメリカ|価値革命|

投資には「コスト」と「リターン」があるが、「コスト」が簡単に計算できるのに対して、「リターン」は将来のことなので計算は難しく、仮に計算しても客観性を示すのは難しかった。そのため企業は、長年「コスト」に着目して記録してきたし、それが「会計」だった。

だが、現代になって、不確実な「リターン」を無視せずに描き出そうとする動きが始まり、それが「企業価値」を旗印に掲げる「ファイナンス」だ。

第6章では、「原価主義」と「時価主義」について扱ったが

  • 「原価」は「購入時にいくら払ったか?」という「コスト」を見る
  • 「時価」は「いまはいくらで売れるか?」という「リターン」を見る

考え方といえる。

かつての「資産評価」においては、「原価(コストを見る)」が原則とされてきた。会計はもともと「お金の動き」を記録するものだったからだ。

「時価(リターンを見る)」は、「仮に、今持っているものを売ったとしたら?」という仮定に基づく評価なだけに敬遠されてきた歴史がある。しかし、第6章でも述べたように、国際的な会計基準は「原価→時価」という流れで、だんだん「時価」が重視されるようになってきた。

企業が長期的に活動するようになると、「原価」にも問題が目立ってきた。昔は安く買ったものが今は高くなっていたり、その逆もある。資産が長期に保有されると、「原価」による評価は「現実離れした金額」になってしまう場合もある。

「原価」と「時価」の差が極端に開くようになると、「時価」で評価するほうが正確なのではないかという声が強くなってきた。「投資家への情報提供」においても「時価」は好まれやすく、「IFRS」や「USギャップ」という国際的な会計ルールも「時価」を基準にしている。

会社を評価する際には、「原価vs時価」の他にも、様々な会計上の論点がある。例えばそれは、「資産とは何か?」という根本的な問いだ。

会社にとって、「とっておきの優秀な人材」「独自のノウハウやネットワーク」などは、れっきとした企業価値ではあるものの、バランスシートに計上されるわけではない。

既存の会計の枠組みでは可視化できない「隠れた資産」があり、それを眠らせている会社を手に入れて経営改善をすれば、大きな利益が手に入ることになる。会社の売買が盛んになるにつれて、「どうやってその会社の価値を判断するか?」が、注目度の高いテーマになっていった。

「会社を買うときの価格」を決めるにあたっては、決算書の「過去の数字」だけでは足りず、「未来の数字」である「期待リターン」を見る必要がある。そこから、将来的にその会社から生まれるであろうキャッシュフローを予測する、「コーポレート・ファイナンス」と呼ばれる新領域が誕生した。

もともと会計(簿記)は、過去に行った取引を記録しておくものだった。しかし、後の必要性によって

「原価(過去)」→「時価(現在)」→「将来キャッシュフロー(未来)」

というふうに、「過去から未来」へと、領域を拡張してきた。

「Accounting(説明する)」から抜け出して、新しい領域として成立したのが「コーポレート・ファイナンス(日本では単にファイナンスと呼ばれることも多い)」であり、「ファイナンス」の重要な狙いは「会社の価値」を明らかにすることだ。

現代における「企業価値の評価」や「資産評価」は、単に「仮に今売ったらいくらになるか?」だけでは足りず、「将来この会社はどれくらいのキャッシュフローを生みそうか?」を考える必要があるのだ。

  • 会社買収後の将来キャッシュフローを見積もる
  • 未来キャッシュフローを現在価値に割引計算する

ことによって、「ファイナンス」は、理論的に企業価値を計算しようとする。

このような「ファイナンス」は、「経営学」の一分野とされることが多いが、「会計」の延長上に生まれたものであり、会計的なスキルが必要を必要とする。

「コーポレート・ファイナンス」の登場によって、「会計」界隈の雰囲気は一変したと著者は言う。

それまでの「会計」は、法律とルールを遵守して決算書をつくるといった「守り」の仕事が多かった。しかし、経営企画やM&Aといった「攻め」の部門に、「会計」的な考え方が必要になってきたのだ。

  • 商売の記録を付ける「簿記」
  • 決算書を公開して説明責任を果たす「財務会計」
  • 現状を可視化して企業経営に活かす「管理会計」
  • 未来を描いて企業価値を算定する「ファイナンス」

と、「会計」は、活躍する領域を過去から未来へと広げてきた。

 

 

以上までが、田中靖浩『会計の世界史』の要約と解説になる。

全体の大まかな流れを振り返ると、

  • 商売人が帳簿を付けて取引を記録しておくことが、初歩的な会計の力だった
  • 血縁を超えた利害関係者が多くなり、外から投資を募るようになるほど、活動を「説明する」ための「会計」の必要性が増した
  • 株式を発行して見ず知らずの他人から資金を預かるようになると、社外に決算書を公開する「財務会計」の義務が課せられた
  • 産業が複雑化すると、何が重要な問題なのかをわかりやすく提示して会社経営に活かせるようにする「管理会計」の手腕が重視された
  • 企業の売買が盛んになると、未来を描いて企業価値を推定する「ファイナンス」の能力が注目を浴びるようになった

となる。

『会計の世界史』は、初心者に向けて「会計」のコンセプトを教えてくれる本だが、「歴史・会計エンターテイメント」として読んでも非常に楽しめる内容だ。要点だけを確認しても、本書の魅力が十分に伝わるとは言い難いので、気になった人はぜひ実際に本書を読んでみてほしい。

 

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