小熊英二『日本社会のしくみ』第3章の要約と解説【歴史のはたらき】

小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』の「第3章」歴史のはたらきの要約と解説をしていく。

前回にあたる「第2章」の要約と解説は以下。

小熊英二『日本社会のしくみ』第2章の要約と解説【日本の働き方、世界の働き方】

「第3章」の概要

第4章以降では、日本の歴史的経緯を詳しく追っていくのだが、この第3章では、ドイツ、イギリス、アメリカなど、欧米諸国の歴史の働きを概括している。

欧米では、職業別労働組合や大学院の専門教育など、「企業を超えた基準」を重視する形で、労働者を守る動きが起こった。

逆に言えば、「企業を超えた基準がない」ことに、日本型雇用の特徴を見いだすことができる。

 

労働運動が「職務(ジョブ)」の類型意識を作った欧州

近代化以前に歴史を遡れば、そもそも正確な時間を測れる時計すら普及していなかったので、「時給」という習慣がなかった。そのため、「○○を作る代わりに○○を受け取る」というような、一つの仕事を一定の謝礼で請け負う約束が一般的だった。

職人たちは、労働組合を組織して、組合が認めた人のみが働けるようにした。これには、安い謝礼で仕事を受注しようとする人たちの新規参入を防ぐ目的があった。このような組合活動に経営者側は反対したが、やがて落とし所が見つかる。動労組合があることで、経営者は労働者の給料をそれほど安くはできないが、その代わりに労働組合は、経営者の対して労働者の教育と実力の保証をしてくれる。

「職種別労働組合」は、経営側に対して

  • 労働者を安い賃金で働かせない
  • その代わりに、組合が労働者を教育し技術を保証する

という形で立場を維持した。

組合は、職業訓練や資格認定を通して、熟練工(質の高い労働者)の供給を独占することで、経営側に対して交渉力を持とうとした。

実は、近代以前の「ギルド」と、産業革命の後にできた労働組合とは、行動パターンは似ているものの、直接に連続している証拠はないとされている。現代の欧米諸国に見られる組合の類型は、近代以降の労働者たちが連合して地位向上運動をしていく上で成り立った。

ヨーロッパでは、それぞれの国ごとに労働運動のあり方が異なり、それは現在の枠組みにも大きく影響を与えている。

例えば、同じ「エンジニア」でも、国によってカバーしている範囲が違う。

  • ドイツにおける「Ingenieur」は、建築、土木、電気などについて技術的な教育を受け、肉体労働に就かない人々を指す
  • イギリスにおける「engineer」は、技術的な仕事に携わるが、ドイツと違い、現場で肉体労働をする熟練工を含む

このような違いは、近代以前の根深い伝統というよりも、近代以降の労働運動によって形作られた。

例えば、建築技師と電気技師は、考え方によってはまったく別の職種にも見える。それらを同じ「エンジニア」として括る慣習は、それぞれの社会ごとの労働運動の経緯によるところが大きい。

 

「同一賃金同一労働」が目指されたアメリカ

ドイツのようには職業別労働組が強くなかったアメリカの場合、19世紀末に機械の導入によって熟練工の必要が薄れてしまったときに、組合による労働者の囲い込みと保護が成功しなかった。

19世紀後半から第一時世界大戦時までの工場労働者は、明確なルールのない「野蛮な自由労働市場」というべき状況に晒されていた。雇用主から仕事を請け負った職長(親方)に多くの裁量があり、どの労働者を雇い、誰にいくら賃金を払うかは職長が決めていた。そのため、みんなが職長の機嫌をとり賄賂を送るなど、ひいきや気まぐれがはびこっていた。

そのような「野蛮な自由労働市場」に対抗して、労働者たちは「同一労働同一賃金」を要求した。これこそが「職務(job)」の概念であり、職務記述書に基づいた労働と賃金という形で「職務の平等」が志向された。

アメリカの労働組合は、「誰を雇用するか、誰を昇進させるか、誰を解雇するか」などを決める雇用主や職長の権限に対して、

  • 職務内容の明確化
  • 職務内容に対応した賃金
  • 雇用や昇進のルールの明確化

を要求した。

労働者の要求に対して、雇用主の側も、労働争議が起きるよりはルールの明確化のほう望ましいと考えるようになっていった。そのため、第二次世界大戦後には、職長はかつてのような権限をほとんど持たなくなっていた。

アメリカの労働運動は、「従業員の態度」などといった定量的でない査定によって賃金に差をつけることに強く反対していた。その結果が「職務を明確にする雇用契約」であり「同一労働同一賃金」だった。

「人種や年齢に関係なく、職務をこなしてさえいれば何の差別もない」という形の「職務の平等」が達成されたが、これは「明確な職務契約」という形で現れる。

しかし、「明確な職務契約」は、経営者にとっても労働者にとっても不都合なところがあった。70年代から80年代にかけてのアメリカでは、職務が硬直化し過ぎて技術革新の妨げになってしまうと、厳密すぎる契約への批判が起こった。また、労働者側からしても、経営者側の気まぐれを抑制できるのと同時に、自分たちが新しいことに手を出す自由さもなくなり、退屈で非人間的な仕事に追いやられてしまうという問題があった。

その後のアメリカでは、職務記述書がより簡略で柔軟なものになっていく流れがあった。それでも、「事前に職務内容を交渉して契約する」というしくみは現在も継続している。

 

「大学院」と「専門家団体」が協調し、ギルドのような役割を果たす

近代化にともなって、一部の人だけが高校や大学に行くのではなく、全体の進学率が伸びていくのは、どの社会にも共通して起こる現象だ。社会が高学歴化していくと、それは「雇用」にも影響を与える。

アメリカでは60年代に大学進学率が伸びるが、大学出が珍しくなくなることで、学部卒というだけでは上級職に就きにくくなった。第2章で述べたが、大卒の数が増えたとき、日本の場合は「大学受験の激化と就職活動の激化」が起こった。一方でアメリカの場合は、「大学院の進学率」が上昇した。

アメリカでは、80年代から職業系の大学院が拡充し、さらに大学院と専門家団体が利害を一致させた。大学院は「就職のため」をアピールして人を集めたし、専門家団体は大学院と関係を持つことで威信を保とうとした。このようにして、大学院がその職に就く資格の認定と証明を行うようになっていった。

  • 大学院側は、キャリアアップを目指す人材を安定して確保できる
  • 企業側は、労働者の教育と能力の保証を大学院にしてもらえる
  • 労働者側は、大学院のプログラムを受けさせすれば就職先が見つかる

という形で、大学院が中世ヨーロッパの「ギルド」のような役割を果たすようになっていった。

イギリスやドイツも、アメリカほど急速にことが進んだわけではないにしても、徒弟修業の制度や慣習が消えていくのと並行して、工学や商学の課程が大学に増えていった経緯がある。欧州も、進学率の上昇にしたがって、多くの職に大学院でなければ取得できない資格が要求されるようになっていった。

 

「企業が雇用し続ける」というやり方でなくとも雇用は安定する

「企業別労働組合」が多い日本からは想像しにくいかもしれないが、欧米は「職業別労働組合」が主だ。

欧米の「職業別労働組合」は政治にも根付いていて、イギリス労働党やドイツ社会民主党などの基盤には、組合などの職業別組織がある。このような社会では、例えば電気工の基本賃金は、企業によって決まるのではなく、国や州の単位で決まることが多い。労働組合が企業を横断して全国的に存在しているので、経営側も全国的に連合して交渉に望む。

組合・経営・政治の三者が交渉して物事を決めるやり方は「協調主義(コーポラティズム)」と呼ばれ、ヨーロッパに広く見られた。コーポラティズムによって「職務に対する給料」の基準ができれば、どこの企業で働いても、同じ業務をすればだいたい同じ賃金になる。

雇用や政治に「職務」が影響する社会では、「福祉」もそれに準じたものになりやすい。例えば1880年代のドイツは、政府が国費でまかなう社会保障を構想したが、実現せず、実際にできた各地の疾病金庫は、それ以前から存在した職種別の共済金庫に法人格を与えたものになった。つまり、政府が一元的な社会保障を構想したが、各地の職業別組織の自治力の強さに吸収される結果に終わったのだ。

職業別組織が強いドイツのような保険制度にもマイナス面はあり、制度が分立していたので、どこの疾病金庫にもカバーされない人がいた。ドイツが国民皆保険になったのは2009年からだ。

欧州の多くの社会では、「企業を横断する職種別組織」の影響力が強く、雇用のみならず、政治や福祉に大きな影響を与えている。

欧州では、「企業別労働組合」などの「職能別組織」が機能することで雇用が安定している。「社員の平等」が重視される日本の感覚からすると、「会社を変えやすい」ことと「雇用が安定する」ことが両立するのはおかしな話に思えるかもしれない。

だが、

  • 職務契約の公平性
  • 正規の職業訓練
  • 職務資格に対する信頼性
  • 正規教育を経ない新規参入の防止

といったの「職務の平等」が担保されているのであれば、「企業が雇用し続ける」というやり方以外でも、雇用が安定した社会が実現する。

「雇用の安定」は、決して日本型雇用に特有のものではない。他の社会も「雇用の安定」を目指すが、ただ、そのやり方が「企業が雇用し続ける」とは異なるのだ。

 

日本社会の特徴は「企業を超えた基準がない」こと

第2章では、濱口桂一郎の「メンバーシップ型」と「ジョブ型」という類型が紹介された。

これに対して著者は、

「企業のメンバーシップ」と「職種のメンバーシップ」と形容したほうがよい側面があるように思う

と述べている。

つまり、日本のやり方だけが「メンバーシップ」なのではなく、欧米のやり方も「メンバーシップ」だが、そのあらわれ方が異なる。

  • 日本は、「同じ企業の従業員」にメンバーシップを感じる
  • 欧米は、「同じ職種の人たち」にメンバーシップを感じる

欧米の場合は、会ったこともない「同業」の人たちと、同じ正規教育を受け、政治活動などを通して、連帯意識を感じる。

日本の場合は、同じ企業の人たちに連帯意識を感じるが、「大企業」であれば一度も顔を合わせたことがない人も多いから、やはり会ったことのない人たちに連帯意識を感じる想像の共同体である。

つまり、「企業」であれ「職務」であれ、直接の面識の有無以上に、社会的な慣行によって「想像上の仲間意識」を育んでいるという点において、どちらも「メンバーシップ」なのだ。

「メンバーシップ」が日本に限定した特徴ではない以上、「日本の特徴はメンバーシップ」というのはあまり正確ではない。著者は、メンバーシップ的な連帯感よりもむしろ、「企業を超えた基準がないこと」に、日本社会の慣習の特徴があるとしている。

このように考えると、日本と他国の最大の相違は、企業を超えた基準やルールの有無にあるといえる。企業を超えた職務の市場価値、企業を超えて通用する資格や学位、企業を超えた職業組織や産業別組合といったものがない。企業を超えた基準がないから、企業を超えた流動性が生まれにくい。これが、いわゆる「日本型雇用」の特徴だといえるだろう。

 

どの社会の労働者も「雇用と賃金の安定」を望む

本書では、日本と欧米の慣行が対比されている。

  • 「職務の平等」を追求した欧米の慣行は、日本から見れば、公平で、専門性が重視され、勤め先を変えやすいというメリットが目立つ
  • 「社員の平等」を追求した日本の慣行は、欧米から見れば、職務にこだわらない柔軟性があり、労働者の意欲が維持されやすいというメリットが目立つ

だが、それぞれのメリットは、意図的にデザインされたものというよりは、複合的な要因によって形作られた「社会のしくみ」だ。

日本であれ欧米であれ、労働者たちが望んできたのは「雇用と賃金の安定」であり、それぞれの活動の経緯によって、欧米では「職務の平等」という形で達成され、日本では「社員の平等」という形で達成された。しかし、最初からその完成像が意図されていたわけではなく、あくまでも労働者が求めたのは「経営者の気まぐれに左右されない公平なルールによる雇用と賃金の安定」だった、という見方が本書ではされている。

  • 欧米では、「職務(ジョブ)」の資格があれば、どこの会社でも「同一労働同一賃金」で差別なく働ける、という形で、要求が叶えられようとした
  • 日本では、「同じ会社の社員」であれば、大きく待遇が異なることなく、長期的に雇用してもらえる、という形で、要求が叶えられようとした

「長期雇用と安定した賃金」は、日本社会に特有のものでは決してなく、どの社会の労働者も一般にそれを望む。日本においては、その叶えられ方が「同じ会社の社員ならば同じ待遇」という形だったし、欧米においては、「同じ資格の者が同じ仕事をすれば同じ賃金」という形だった。

つまり、「長期雇用と安定した賃金」は、決して日本型雇用に特有のものとは言えず、むしろぞれぞれの社会はそれぞれのやり方で「長期雇用と安定した賃金」を実現しようとしていて、単にそのやり方が異なるに過ぎない。

 

「第3章」のまとめ

欧州においては、「職業別労働組合」などの活動を通して、「同じ職務を担う人たち」の連帯意識が形成されていった。

ヨーロッパほど職業別組合が機能しなかったアメリカでは、「職務契約の厳密化」が進んだ。社会の高学歴化が進んだあとは、大学院と専門家団体が提携するような形で、大学が職業人材の教育と資格の認定を担うようになっていった。

労働者たちが「長期雇用と安定した賃金」を望む傾向はどの社会でも変わらない。欧米においては、職業別労働組合、大学院、職業資格など、「企業を超えた基準」を重視し、「同じ職務ならば同じ待遇」という形で、労働者を守る仕組みが整備されていった。

一方、日本では、「企業を超えた基準」が定着せず、それこそが日本型雇用の特徴になっている。「企業を超えた基準」がない状態で労働者たちが待遇の改善を求めた結果、「長期雇用と安定した賃金」を会社が保証することになり、「同じ企業の社員であれば同じ待遇」という日本型雇用の方向性で労働者を守る仕組みが整備されていった。

 

以上が、『日本社会のしくみ』第3章 歴史のはたらきのまとめになる。

第4章の「要約と解説」は以下。

小熊英二『日本社会のしくみ』第4章の要約と解説【「日本型雇用」の起源】

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。