小熊英二『日本社会のしくみ』終章の要約と解説【「社会のしくみ」と「正義」のありか】

小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』「終章」「社会のしくみ」と「正義」のありかの要約と解説をしていく。

これまで、第1章から第8章についてそれぞれ要約してきた。

小熊英二『日本社会のしくみ』第1章の要約と解説【日本社会の「三つの生き方」】 小熊英二『日本社会のしくみ』第2章の要約と解説【日本の働き方、世界の働き方】 小熊英二『日本社会のしくみ』第3章の要約と解説【歴史のはたらき】 小熊英二『日本社会のしくみ』第4章の要約と解説【「日本型雇用」の起源】 小熊英二『日本社会のしくみ』第5章の要約と解説【慣行の形成】 小熊英二『日本社会のしくみ』第6章の要約と解説【民主化と「社員の平等」】 小熊英二『日本社会のしくみ』第7章の要約と解説【高度経済成長と「学歴」】 小熊英二『日本社会のしくみ』第8章の要約と解説【「一億総中流」から「新たな二重構」へ】

 

著者は「終章」において、以下のように第1章から第8章までをまとめている。

①「大企業型」は、社会全体の構造を規定している。1980年代以降、「地元型」から「残余型」への移行がおきているが、「大企業型」はさほど減少していない。
②企業を超えた横断的基準の不在が、日本型雇用の最大の特徴である。
③他の社会における横断的基準は、職種別労働組合や専門職団体の運動によって形成されてきた。
④近代日本では、「官僚制の移植」が他国より大きかった。その背景は、政府が近代化において突出していたことである。
⑤「官僚制の移植」はどの社会でもみられた現象だが、他国では職種別労働運動などがこうした影響を少なくしていた。
⑥戦後の労働運動と民主化によって、長期雇用や年功賃金が現場労働者レベルに広まった。これが社会の二重構造を生み出し、「地元型」と「残余型」を形成させた。
⑦日本では「学歴」のほかに、能力の社会的基準がなかった。そのため、企業の学歴抑制効果と、企業秩序の平等化/単線化がおきることになった。
⑧「大企業型」の量的拡大は、石油ショック後は頭打ちとなった。その後は非正規労働者の増大、人事考課や「成果主義」による厳選などがあったが、日本型雇用はコア部分では維持されている。

終章は、「補足的なまとめ」のような内容で、最後には読者への問いかけがなされている。

当記事では、手短に要約をしていく。

雇用レジームの類型化について

これまでの労働研究では、例えば、「アメリカ・日本・ドイツのそれぞれの雇用慣行の違い」といったような、国ごとの類型化が行われることが多かった。しかし、一国の内部は多様であり、国ごとに類型化するのは困難な部分があると著者は述べている。

著者は、

  • 企業のメンバーシップ
  • 職種のメンバーシップ
  • 制度化された自由労働市場

という「社会的機能」による類型化を提案している。

これらは色の3原色のように、濃淡で表されるものだ。

例えば、現実の日本を「企業のメンバーシップ」の単色と言うことはできないが、「企業のメンバーシップ」が色濃い社会と言うことはできる。

同じ日本社会の働き方でも、弁護士や税理士のような職業は「職種のメンバーシップ」の傾向が強く、非正規労働者の働き方は「制度化された自由労働市場」の傾向が強い。日本社会には、3類型のどれも存在するが、「企業のメンバーシップ」が比較的強い社会であると図式化すれば、実態を理解する助けになる。

同じように、ドイツは「職種のメンバーシップ」が色濃い社会であり、アメリカは「制度化された自由労働市場」が色濃い社会であると図式化することができる。とはいえ、ドイツにもアメリカにも「企業のメンバーシップ」の概念がまったく存在しないわけではない。

また、フランスやスウェーデン、中国のような社会を類型化するには、「政府雇用のイニシアティブ」という機能を加えたほうが分析しやすくなるかもしれない。と著者は述べているが、本書の目的は日本を分析することなので、議論を複雑化するのは控えておくとも述べている。

 

日本社会の特徴を「国民性」や「伝統」に結びつけることに対しての注意

日本社会の特徴は、これまでは「国民性」や「伝統」に関連したものとして論じられることが多かった。たしかに日本の雇用形態には独自性があるように見えるが、そこに文化や伝統の影響を見出すことには慎重である必要がある。

19世紀末から20世紀初頭は、日本を含むどこの社会も、「野蛮な自由労働市場」というべき状況にあった。労働者たちは、経営側や親方によって恣意的に賃金や昇進を決められ、ひいきや気まぐれや不公正がまかり通っていた。それに対して労働者たちは、「客観的なルール」や「労働者の権利」を要求した。日本に限らず、どこの国の労働者も、「野蛮な自由労働市場」を改善するため、ルールと権利を勝ち取るための運動を行った。ただ、その「達成のされ方」は、国ごとに異なった展開を見せた。

日本企業の働き方は、官庁や軍隊の影響を強く受けている。官や軍の制度が民間企業に影響するのは日本に限らない一般的な現象ではあるが、欧米では、職種別労働組合や専門職団体といった「企業横断的な基準」が、官や軍の「職務を選べない」働き方を緩和した。日本の場合は、専門的な職業意識が希薄だった時期に急速な近代化が進み、官僚たちに多くの裁量が与えられた。近代教育を受けた人材を、民間企業が官庁と獲り合うことになったので、官の雇用形態がより顕著に民間に影響を及ぼすようになった。

また、戦前は、日本も欧米と同じように、「職員」と「職工(現場労働者)」は階級が隔絶していて、たとえ同じ会社で働いていても、同じ「社員」として括られるなど考えられない状態だった。第二次世界大戦は、インフレなどで格差を解消し、国民の運命共同体意識を高めた。それが、職員も職工も同じ「社員」として、「対企業」という形で待遇を向上させていこうとする、企業別労働組合に繋がっていった。

日本においては、「野蛮な自由労働市場」を改善しようとする労働者の動きが、「社員は平等で、職務を限定せず、年功で昇進していく」日本型雇用として形になった。ただこれは、「急速な近代化」や「総力戦による運命共同意識」といった、必ずしも国民性や伝統とは深く結びつかない要因に拠るところが大きい。

 

運動の当事者たちが雇用システムの完成形を意図していたわけではない

「日本型雇用の強み」に注目が集まることがある。「日本型雇用」は、現場労働にあたる作業をする者をさえ上級職員のような扱いをする働き方であり、これは過剰労働を招きやすい反面、社員全員に出世の可能性を与えるので労働者のモチベーションを維持しやすかった。また、「職務」を限定しない人員配置によって、不況や社会の需要の変化にも、労働者を失業させずに対応しやすかった。

ただ、労働運動の当事者たちが「日本型雇用の強み」を目指したわけではなく、労働者たちはあくまでも自分たちの待遇の改善を求めて運動や交渉を行った。それらが積み重なることで慣行が生まれ、それは結果的に合理的な形で機能した。あるいは、合理的であるからこそ慣行として定着したとも言える。

著者は以下のように述べている。

運動は制度を作る。だが、他の諸勢力との妥協や交渉を経てどんな制度ができるか、その制度がどんな効果を生むかまでは、必ずしも当事者たちは予測できない。「職務の平等」を志向したアメリカの労働運動は、意図せざる結果として横断的労働市場を作り出したが、同時に細分化された単調な職務による疎外感を生み、学位による競争や格差をもひきおこした。「社員の平等」を志向した日本の労働運動は、意図せざる結果として勤労意欲と技能備蓄の高い企業を作り出したが、同時に従業員どうしの過当競争を生み、「正規」と「非正規」の二重構造をもひきおこしたのである。

最初から完成形のビジョンがあり、それに向かってシステムが構築されたのではなく、妥協と交渉のすえに、一定の合理性を持つ慣行が定着したのだ。

戦後日本の一般的な労働者にとって、戦前に職員のみが享受していた待遇が自分にも適用されることが、その時点で理解し得る「平等」だった。それが結果的に「社員の平等」という形の権利に繋がっていった。

 

「社会のしくみ」を変えるのは簡単ではないが、変えられないわけでもない

日本型雇用における「社員の平等」は、正規と非正規の格差や、中高年の賃金コストなどが問題になり、維持するのが難しくなっている。一方で、同一賃金同一労働などの「職務の平等」も、産業構造の変化やグローバル化などによって、適用範囲が狭められているのが現状だ。どこの社会でも、かつての「正規」とは異なる働き方が増えている。

「社員の平等」や「職務の平等」といった、20世紀の諸運動が達成してきた成果は、現代になってその限界を露呈させつつあるのだ。

現在の「社会のしくみ」は、必ずしも長い歴史に裏打ちされたものでもないし、必然が形になったものとも言えない。とはいえ、歴史的な過程を経て築かれた「慣習の束」であることも確かで、簡単に変えられるものでもない。

これまで、日本の雇用慣行の改革が叫ばれたことは何度もあったが、それらは失敗してきた。「うまく機能している部分」と「問題になっている部分」がトレードオフになっている場合があり、それを考えずに、他所の「うまく昨日している部分」だけを移入しようとしても、労働者と経営者の両方が納得できる形にはなりにくい。例えば、日本では「成果主義」を導入しようとする動きがあったが、客観的な基準がなく、労働者の合意を得られるものではなかったので、士気の低下や離職率の増加を招き、中途半端な結果に終わってしまった。

だが、逆に言えば、経営者にも労働者にも合意を得られる形であれば、既存のシステムも変化していく。

「社会のしくみ」を変えるのは簡単ではないが、変えられないわけでもないのだ。

 

あなた自身の結論は?

最後に著者は、「あなた自身の結論」という見出しで、読者に対して以下のような問いかけをしている。

社会の価値観をはかる、リトマス試験紙のような問いを紹介しよう。2017年に、労働問題の関係者のあいだで話題をよんだエピソードがある。それは、スーパーの非正規雇用で働く勤続10年のシングルマザーが、「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」と相談してきたというものだった。
これに対して、あなたならどう答えるか。とりあえず、本書で述べてきたことを踏まえて私が回答例を書けば、以下の三つが考えられる。

回答①
賃金は労働者の生活を支えるものである以上、年齢や家庭背景を考慮するべきだ。だから、女子高生と同じ賃金なのはおかしい。このシングルマザーのような人すべてが正社員になれる社会、年齢と家族数にみあった賃金を得られる社会にしていくべきだ。

回答②
年齢や性別、人種や国籍で差別せず、同一労働同一賃金なのが原則だ。だから、このシングルマザーは女子高生と同じ賃金なのが正しい。むしろ、彼女が資格や学位をとって、より高賃金の職務にキャリアアップできる社会にしていくことを考えるべきだ。

回答③
この問題は労使関係ではなく、児童手当など社会保障政策で解決するべきだ。賃金については、同じ仕事なら女子高生とほぼ同じなのはやむを得ない。だが最低賃金の切り上げや、資格取得や職業訓練機会提供などは、公的に保証される社会になるべきだ。

 

それぞれの回答の特徴を手短にまとめると

  • ①は、戦後日本の多数派が選んだ「平等」だが、その平等を享受できる「正社員」とそれ以外で不平等が生じる
  • ②は、女性や大学院終了者にも「平等」が与えられるが、「教育機会」など別の形の格差が拡大し、治安も悪化しやすい
  • ③は、また別の形の「平等」が実現するが、税や保険料の負担増大が避けがたい

となる。

著者は、「こうした回答のうち、どれが正しいということはできない」としたうえで、読者に回答を委ねている。

この世にユートピアがない以上、何らかのマイナス面を人々が引き受けることに同意しなければ、改革は実現しない。だからこそ、あらゆる改革の方向性は、社会の合意によって決めるしかない。
いったん方向性が決まれば、学者はその方向性に沿った政策パッケージを示すことができる。政治家はその政策の実現にむけて努力し、政府はその具体化を行なうことができる。だが方向性そのものは、社会の人々が決めるしかないのだ。

本書は、他国および日本の検証を通じて、社会のさまざまな可能性を提示してきた。学者は事実や歴史を検証し、可能な選択肢を示して、議論を提起することはできる。しかし最終的な選択は、社会の人々自身にしか下せないのだ。
あなたも、この社会の一員である。本書を読んだうえで、上記のシングルマザーの問いにどう答えるか、考えていただきたい。そしてそれを、自分だけにとどめるのではなく、周囲の人と話しあってみてほしい。その過程を通じて、あなた自身にとっての、本書の結論を作っていっていただきたい。

 

以上までが、小熊英二『日本社会のしくみ』の要約と解説になる。

本書は、正確な現状認識のために、「日本社会のしくみ」を明らかにするのが目的であり、具体的な政策提言や改善案を示そうとしたものではない。とはいえ、問題を解決していこうとするうえで、経緯と現状の正確な把握が役に立つことは言うまでもない。

これまで章ごとにまとめてきたが、当然ながら、この記事を見て読んだ気になるのではなく、ぜひ実際に本書を手にとって読んでみてほしい。新書ではあるが学術を重視した内容なだけに、多くの人にとって読み通すには骨が折れるだろう。だが、苦労して読む価値が十分にある内容であることは間違いない。

 

 

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