水町勇一郎『労働法入門』の「要約と解説」をしていく。
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第4章 労働者の人権はどのようにして守られるのか
労働者の人権を守ること、なかでも、「労働者に対する差別を禁止すること」は、労働法の「大きな柱の一つ」とされ、非常に重視されている。
労働者の人権保障については、
- 雇用差別の禁止
- 労働憲章
- 人格的利益・プライバシーの保護
- 内部告発の保護
が主となる。
雇用差別の禁止
アメリカでは、労働法と言えば、昔は「Labor Law(労働組合関係の労使関係法)」だったが、今は「Employment Law(雇用関係法)」が主流で、その内容のほとんどは「雇用差別禁止法」で占められているという。(第3章で述べたように、アメリカやEUでは、「解雇」における自由がある代わりに、「雇用(採用)」には多くの制限が課せられる。)
つまり、アメリカにおいて、人種、皮膚の色、宗教、性別、出身国などを理由とした「雇用における差別の禁止」に、労働法の関心の多くのウェイトが占められているのだ。
ヨーロッパでも、アメリカよりは動き出しが遅かったものの、EU市場の拡大に伴って、2000年以降は一気に「雇用差別禁止法」の整備が進められた。
現在のアメリカとヨーロッパでは、人種、出身国(民族)、宗教、性別、年齢と障害に加え、アメリカでは遺伝子情報、ヨーロッパでは性的指向が差別禁止事由に加えられ、それらが「雇用差別禁止法」として整備されている。
一方、日本では、雇用差別を包括的に禁止する立法は存在せず、個別の法規や立法(男女雇用機会均等法、雇用対策法、障害者雇用促進法など)によって対応している。
欧米諸国と比較すると、「雇用差別」に関する日本の法律は散発的で体系性に欠ける。
今後の課題政策課題として、
- 年齢や性的嗜好なども含めた包括的な雇用差別禁止法の整備を図ること
- 雇用差別の主張・立証責任のあり方を法律上明確化するなど雇用差別問題を実行的に解決していくための法的基盤を整えること
が必要であると著者は述べている。
労働憲章
「労働憲章」とは、労働基準法の第一章、第二章に定められた「労働者の人権保障のための諸規定の総称」になる。
労働憲章には、
- 不当な人身拘束の禁止
- 中間搾取の排除
- 公民権の保障
などがある。
「不当な人身拘束の禁止」は、労働者を逃げられなくして強制的に働かせる「タコ部屋労働」などの悪習を排除しようとした規定で、労働基準法のなかでもっとも重い罰則が定められている。
「中間搾取の排除」は、「業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」として、中間搾取(ピンハネ)の悪習を排除する目的で定められた規定だ。ただ、「職業安定法」は、この規定の例外として、他人の就業に仲介する事業(有料職業紹介事業、労働者供給事業など)を、一定の規制・要件のもとで許容している。
「公民権の保障」は、選挙の投票、国会議員・地方議会議員としての活動、裁判員や裁判の証人として裁判所に行くことなど、労働者が市民として公的な活動を行おうとしたときに、使用者がこれを拒んではならないという規定である。
人格的利益・プライバシーの保護
労働法には、
- いじめ・いやがらせからの保護
- プライバシーの保護
を目的とした条項がある。
法律上、会社は、
- 性的な言動によるハラスメント
- 妊娠、出産、育児休業、介護休業等の取得を理由とするハラスメント
- 職場の優越的関係に基づく言動によるハラスメント
に対して、それらを防止するために、十分な予防措置をとることが義務付けられている。
いわゆる「セクハラ」「マタハラ」「パワハラ」について、被害者は加害者に対して損害賠償の支払いを求めることができるし、会社が十分な予防措置を講じていなかったと見なされる場合には、会社に対しても損害賠償の支払いを求めることができる。
会社の業務において、会社側の業務上の必要性と労働者のプライバシーがぶつかりあうことがあり、法的な判断が必要となる場合がある。
例えば、GPSなどで業務時間外の従業員の居場所を確認することや、必要性もないのにHIV抗体検査などを行うことは、労働者のプライバシーを侵害する違法な行為にあたるとされている。
一方で、従業員の所持品検査や電子メールの監視などは、それが業務上必要で、社会通念上相当な範囲を逸脱していない場合には、違法性のない行為とされることもある。
内部告発の保護
従業員の「内部告発」行為は、
- 企業のコンプライアンス(法令遵守)を高め、ひいては公共の利益につながる
- 企業の名誉・信用を損なう行為として懲戒処分などの対象となりうる
という両面がある。
2004年制定の「公益通報者保護法」は、公益が認められる内部告発をした労働者に対して、内部告発を理由とした不利益扱いを会社に禁じている。
なお、「公益通報者保護法」が存在する以前からも、判例上の保護は存在し、
- 内部告発が真実であり、または真実と信ずべき相当な理由があるか
- 告発の目的が公益性を有するか
- 告発の手段・様態が相当なものであったか
などが総合的に考慮され、内部告発が正当と認められた場合は、仮に企業の名誉や信用が損なわれても、労働者に懲戒処分を科すことはできない。
第5章 賃金、労働時間、健康はどのようにして守られているのか
「賃金(の保護)」、「労働時間(の規制)」、「健康(の確保)」について、それぞれ、労働法には労働者を守るための規定がある。
賃金
「賃金の支払いを法的に求めることができる根拠」は、当事者間の「合意」であり、一般的には、就業規則や労働契約書に基づいて賃金請求権が発生する。他にも、「労働協約」、「当事者間の黙示の合意」などが、賃金が発生する法源になる。
賃金請求権を持つ労働者が働けなくなった場合、基本的には、働けなくなったことについて会社(使用者)側に責任がある場合は、労働者はそのまま賃金の支払いを求めることができる。会社側に責任がない場合には、労働者は賃金を請求することができないとされている(民法五三六条二項)。
景気の低迷などによって集団的に賃金を引き下げようとする場合、就業規則を合理的に変更しそれを労働者に周知する(労働契約法10条)などの方法で、賃金を引き下げるための契約上の根拠を整えることが必要になる。
ある労働者の賃金を引き下げようとする場合、「契約上の根拠」に加えて、「その減給措置がその労働者に著しい不利益を与えるなどの権利の濫用にあたらないこと」が求められる。仮に本人の同意などの契約上の根拠が認められても、賃金引き上げの動機が、労働者への報復・嫌がらせなど不当なものであったり、引き下げ額が大きすぎて労働者への不利益が不当に大きいと見られる場合には、賃金引き下げは権利濫用となる。
また、賃金設定を規定する「最低賃金法」や、賃金の支払い方を規定する「労働基準法」などの法律によっても、労働者の賃金は保護される。
「最低賃金法」は、最低賃金を設定することで、賃金が低くなり過ぎることを防ぐ。最低賃金には、都道府県ごとの「地域別最低賃金」と、産業ごとの「特定産業別最低賃金」がある。
「労働基準法」は、使用者に賃金を確実に支払わせるため、賃金の支払い方法について
- 通貨で
- 労働者に直接
- 賃金の全額を
- 毎月1回以上一定の期日を定めて
支払わなければならない、という四原則を定めている(労働基準法二四条)
労働時間
労働法における「労働時間」は複雑で、例えば
- 労働契約上の労働時間
- 労働基準法上の労働時間
のふたつは、同じ「労働時間」という言葉でも、違うものとして扱われる。
就業規則や労働契約で、働く「義務がある」とされるのが労働契約上の「労働時間」だが、労働基準法上の「労働時間」は、これに該当せず、実質的な労働時間が考慮に入れられる。
例えば、お店の店員が客を待っている時間、警報等が鳴った場合に対応しなければならない警備員が仮眠している時間などは、「労働基準法上の労働時間」に該当する。
「労働時間」に関する規定は、複雑かつ多様だが、著者はその全体像を以下の図で簡潔に表わしている。
使用者は、「原則的な法定労働時間」として、週40時間、1日8時間を超えて労働させてはならない。これを超える労働をさせるときには、法律上定められた要件を満たさなければならず、かつ割増料金を支払わなければならない。また、労働時間が8時間を超える場合は少なくとも1時間の「休憩」を、毎週少なくとも1回の「休日」を与える必要がある。
だが、「原則的な法定労働時間」の適用が除外される労働者を、労働基準法は想定している。
- 農業・畜産業・水産業に従事する労働者
- 管理監督者および機密事務取扱者
- 監視・断続労働従事者(行政官庁の許可を得た者に限る)
これらの場合、長時間労働をさせても、労働基準法違反にならないことになる。
この点をめぐって、会社が労働時間の制限をなくすためだけに「管理職」にするという、「名ばかり管理職」が問題になった。
裁判所の判例によると、管理職かどうかは、社内の肩書きという形式的な事情ではなく、職務の実態に基づいて客観的に判断すべきであり、単に肩書を形式的に操作して法の適用を免れようとすることや許されないとされている。
「労働時間」に関しては、「原則」と「その適用除外」とは別に、「特則」が存在する。このような「特則」は、柔軟な働き方の実現を目的に、労働基準法上定められている。
「特則」には、おおまかに
- 「法定労働時間枠」の特則(枠を変化させる)
- 「労働時間算定」の特則(数え方を変化させる)
がある。
「法定労働時間枠」は、
- 変形労働時間制(週の総労働時間が40時間を超えない限り、1日8時間の規制を解除する)
- フレックスタイム制(週の総労働時間が40時間を超えない限り、労働者に始業・終業時刻の決定を委ねる)
という、働く時間の自由度を高める特則だ。
「労働時間算定」は、
- 事業外労働のみなし制(外回りの営業や主張など、労働時間の算定が困難な場合に、一定時間労働したものとみなす)
- 労働裁量のみなし制(業務遂行において労働者に大きな裁量が認められるものについては、実際に働いた時間に限らず、一定時間だけ働いたものとみなす)
という、労働時間の算出方法の自由度を高める特則だ。
これらの「特則」は、労働者の働き方の多様化に要請されて整備された。
休暇・休業
日本で法律上認められている休暇・休業の制度として、
- 年次有給休暇(労働基準法三九条)
- 産前産後の休業(労働基準法六五条)
- 生理日の休暇(労働基準法六八条)
- 育児休業(育児介護休業法五条以下)
- 子の看護休暇(育児介護休業法一六条の二以下)
- 介護休業(育児介護休業法十一条以下)
- 介護休暇(育児介護休業法一六条の五位下)
がある。
しかし、日本は、休暇の取得率・消化率が低いことが問題になっている。
フランス、ドイツなどのヨーロッパ諸国は、年休の時期を決める権利(義務)が労働者側ではなく会社側にあり、会社は年の初めに労働者の希望を聞きながらカレンダーを作成し、労働者はそれに従って年休を100%取得する。
「年休取得率100%であることを前提に予定を組む」のが、年休発症の地であるヨーロッパのやり方であり、日本もそのようなヨーロッパ型への移行が課題になる。
労働者の安全・健康の確保
労働者の安全や健康を守るために、
- 労働者のけがや病気に対する事前予防措置を義務付ける「労働安全衛生法」
- 予防措置を尽くしても不幸に見舞われた労働者に対して事後的な保障を義務付ける「労働者災害保障保険法」
がある。
「過労死」のような問題は、その労働者の基礎疾患が原因なのか、業務による負担が原因なのかが、問題になる場合が多い。
「過労死」について、厚生労働省は、
- 発症前一ヶ月間に時間外・休日労働が100時間を超える
- 発症前二ヶ月から六ヶ月の平均で時間外・休日労働が一ヶ月あたり80時間を超える期間がある
場合に、業務と発症の関連性が強いとする行政認定基準を定めている。
また、「過労自殺」と呼ばれる、過重労働によってうつ病にかかった労働者が自殺した場合についても、業務とうつ病との間に因果関係があり、それに起因した自殺と認められる場合には、労働災害となる。
「働きすぎ」という日本企業に見られる問題
著者が日本の労働条件の問題点として挙げるのは、「労働時間の長さ」にある。
労働法の原点には、「過酷な労働条件からの労働者の保護」があるが、日本においては、その最初の部分が十分に機能しているとは言い難い。
この問題は、先にも述べたが、「日本型雇用」という働き方に結びついている。
労働時間規制が機能しにくいことに加え、日本型雇用では、長期勤続した会社を辞めると労働者が不利になりやすく、転職をすることで過酷な労働条件から抜け出すことが難しい。
2018年に行われた「働き方改革関連法による時間外労働の上限時間の設定」により、労働時間を規制する方針は進められつつあるが、管理監督者や裁量労働制適用者への適用はなく、まだ完全なものとは言えない。
労働時間の規制は、労働の「柔軟性」に反するものであり、多種多様な労働のあり方が模索されているなか、様々な問題に突き当たることがある。しかし、日本に見られる「働きすぎ」という問題に関しては、「健康確保のための最低基準を法的に設定する」という労働法の原点に立ち戻る必要がある。
第6章 労働組合はなぜ必要なのか
第1章で述べたが、「労働組合」という「集団」の保護は、労働法の原点である。
そして、労働法は、「会社」と「労働組合」との集団的な交渉によって締結される「労働協約」を、「法源」の一つとして認めている。
労働組合の法的保護
憲法は、労働者が
- 労働組合を作る(団結権)
- 団体交渉をする(団体交渉権)
- 団体行動をする(団体行動権)
権利を認めている(二八条)。
また、「労働組合法」は、
- 労働組合と使用者とが締結した「労働協約」の規範的効力を認める(一六条)
- 使用者が労働組合との団体交渉を正当な理由なく拒否することを禁止している(七条など)
としている。
労働組合として法的な保護をうけるためには、
- 主体(労働者が主体である)
- 自主性(自主的である)
- 目的(労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的とする)
- 団体性(組織する団体またはその連合体である)
- 民主性(民主的な運営を確保するために均等取り扱いや民主的意思決定手続などの一定の事項を記載した規約を作成している)
が求められる。
以上の5つの要件を満たすのであれば、規模や組織レベルを問わず、労働組合としての法的保護を受けることができる。
「労働協約」の効力について
「労働協約」とは、「労働組合と会社との間で締結される労働条件などに関する合意・協定」のことである。
労働組合と使用者が、団体交渉などを通じて労働条件等について合意に達すると、「労働協約」を締結することが多い。
「労働協約」の規範的効力を巡る解釈上の重要な問題は、「労働協約によって労働条件を不利益に変更することができるか」という点にある。
「就業規則」の場合は会社が一方的に変更できるのに対して、「労働協約」の場合は「労働組合との合意」というステップが必要になる。そのため、周知と合理性があれば、「労働協約」の場合は、労働者に不利益な変更であっても、原則として拘束力を持つと解釈されている。
第2章で、「①法律」「②労働協約」「③就業規則」「④労働契約」の法源の順に効力が強いと述べた。
「労働協約」は、当然ながら「法律」に反したことはできないが、労働者に不利益な変更を行い得る法源になる。
「企業別労働組合」という日本の特徴
労使関係における日本の特徴は、「企業別労働組合」という形態をとっている点にある。
これは、法的な制約によってそうせざるを得ないというわけではない。
日本の労働法は、労働組合の規模や組織レベルについては中立的な態度をとっていて、企業を超えた産業別労働組合や、全国レベルの労働組合を組織することも可能とされている。
しかし、小熊英二『日本社会のしくみ』などで述べられているように、日本には企業を横断する組織が根付いてこなかった歴史があり、「産業別労働組合」よりも、「企業別労働組合」が主となっている。


ヨーロッパの労働組合は産業別・全国的なものが多いが、日本の「企業別労働組合」が、それに対して完全に劣っているとも言えない。
日本のやり方は、「変化への柔軟で迅速な対応を可能とするという強み」をもっていて、近年は、ヨーロッパの労使関係も、徐々に企業レベルに分権化を進めている動きもあるようだ。
しかし、「企業別労働組合」は、企業という狭い範囲で組織されているために相対的に交渉力が弱い。
例えば、企業間で価格競争などが起こっている状況に対して、「企業を超えた労働者の連合」が、最低賃金や労働時間の制限を要求するのがヨーロッパで見られる大規模な労働組合のやり方だが、「企業ごと」で組織されている日本の労働組合は、個々の企業を超えた影響力を持つことが難しくなる。
また、日本の「企業別労働組合」は、「正社員」を中心として組織されており、社員以外の労働者との協調がなされにくい。
日本の労働組合においては、ヨーロッパとは逆に、春闘による企業レベルを超えた大規模な労働運動の展開など、産業レベル、全国レベルでの労使関係の基盤を作り上げていけるかが課題となっている。
以上までが、水町勇一郎『労働法入門』の要約と解説【2/3】になる。
続きの【3/3】は以下。

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