水町勇一郎『労働法入門』の「要約と解説」をしていく。
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前回にあたる【1/3】【2/3】は以下。


第7章 労働力の取引はなぜ自由に委ねられないのか
本書の第1章や第2章では、「労働契約」に内在する問題が指摘されてきた。
労使の性質上、「契約」を「法律」で制限する必要があり、それが「労働法」の原点になっている。
現在は解禁されているものの、長らく「労働法」は、「職業紹介事業」を禁止としてきた。
労働契約は、当事者の自由契約とされているが、そこに他者が介入することで、様々な社会的な弊害が生まれてきたという経緯がある。
「職業紹介事業」の禁止と解禁
明治から大正にかけての時代、工場が急増し労働者の獲得競争が激しくなると、誘拐や人身売買同様の方法で人を集め、強制的に働かせ、その賃金の一部を搾取するやり方が横行した。これに対し、1921年の「職業紹介法」や1947年の「職業安定法」は、人を集めて労働者として送り出すことでお金を儲ける「職業紹介事業」や「労働者供給事業」を禁止した。
一方で、高度経済成長期後からは、必要な人を必要なところに円滑に配置するニーズが高まっていた。
1985年に成立した「労働者派遣法」によって、一定の専門的業務に限定して、労働者供給事業の禁止が解かれた。その後に、派遣可能な業務が拡大されていき、1999年改正では、派遣可能業務が原則として自由化され、2003年改正では、工場などの製造業務にも派遣が解禁された。
国が所轄する紹介事業に「公共職業安定所(ハローワーク)」があるが、民間にも「職業紹介業」が解禁された。
「職業安定法」は、職業紹介が適切な形で実施されるように
- 職業選択の自由の尊重(二条)
- 差別的取扱いの禁止(三条)
- 労働条件等の明示(五条の三)
- 個人情報の保護(五条の四)
- 求職求人受理の原則(五条の五、五条の六)
- 適職紹介の原則(五条の七)
といった基本的なルールに加え、民間の場合は「許可制」と「手数料規制」という規制が定められている。
以上の条件をクリアするならば、現在は、民間企業でも「職業紹介事業」を営むことが可能になっている。
なお、自分が抱える労働者を他人に供給して働かせる「労働者供給事業」については、現在も懲役または罰金の罰則付きで禁止されている(四四条、六三条、六四条)。
かつては禁止された「職業紹介業」が解禁されたが、「派遣労働者」の処遇の低さと雇用の不安定さは、深刻な社会問題となっている。
現在は、過去の反省を活かして、「辞めたいのに辞められない」というかつての強制労働のようなやり方は、厳しく制限されている。
一方で、「働きたいのに切られてしまう」という雇用の不安は、現代的な問題であり、このような派遣労働者の待遇改善を図るための諸規定の整備が進んでいる。
雇用の促進・援助
「労働市場法」と言われる法分野では、先に述べた「雇用仲介事業」の法規制に加えて、雇用の促進・援助のための「雇用政策法」が重要な位置を占める。
「雇用政策法」は、以下の、大きくふたつのタイプに分類される
- 働けなくなったときの生活を保障する「消極的労働市場政策」
- 積極的に雇用の維持・創出につとめる「積極的労働市場政策」
「消極的労働市場政策」には、国が労使から保険料を徴収し、失業状態にある被保険者に一定期間給付を行う「失業手当」がある。
「積極的労働市場政策」には、
- 雇用保険二事業(雇用安定事業と労働者の能力開発事業)
- 職業能力開発の援助
- 高齢者、障害者等の雇用促進
- 雇用保険による職業訓練給付・雇用継続給付
など、生活保障よりも、積極的に雇用を促進・援助していくための政策が並ぶ。
日本企業は、長期雇用慣行によって、正社員として雇用した社員を「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」で育成していくことが多かった。
しかし、労働市場の状況が変化し、企業内の教育システムを充実させることのできない企業や、非正規社員が増えてきた。一方、国が企業に変わって労働者の訓練を行おうとも、画一的なカリキュラムでは、多様かつ変化の早い市場の変化に対応することが難しい。
これからの社会に適した労働市場政策を整備していけるかどうかが、「雇用政策法」の重要な課題になっている。
第8章 「労働者」「使用者」とは誰か
労働法が誕生し、発展していった時代には、「労働者」という概念は、工場で集団的に働いている労働者が前提となっていた。
現在は、初期の労働法の想定とはまったく異なる、裁量労働者、在宅労働者、派遣労働者、フリーランサー、クラウドワーカーなど、多種多様な形態の労働者が存在する。
このような状況の中、「労働者」「使用者」という概念が、どのような基準によって適用されるのかは、「労働法」の重要な問題となっている。
「労働者」「使用者」概念は相対的
「労働者」「使用者」を考える上では、「法律学における概念の相対性という点に注意しなければならない」と著者は述べる。
同じ「労働者」であっても
- 労働基準法上の労働者
- 労働契約(法)上の労働者
- 労働組合法上の労働者
では、「労働者」の適用範囲が異なる場合があるという。
また、「使用者」も
- 労働契約上の義務を負う労働契約上の使用者
- 労働基準法上の義務や責任を負う労働基準法上の使用者
- 労働組合法上の義務を負う労働組合法上の使用者
で、それぞれ適用範囲が異なる場合がある。
労働の実態をもとに柔軟に判断される
労使関係が多様化・複雑化するなかで、「使用者」と「労働者」という概念は、法の趣旨に応じた柔軟な解釈がなされる傾向がある。
2011年4月12日の最高裁判決で、日本の労働法にとって重要な判決が出た。
「舞台に出ているオペラ歌手は労働者か?」、「業務委託契約で製品のメンテナンスを行うカスタマーエンジニアに労働組合法の適用はあるのか?」という議題に対し、それ以前の判決では、オペラ歌手については東京地裁と東京高裁が、カスタマーエンジニアについては東京高裁が、「労働者」であることを否定していた。
一方で、労働法に詳しい学者たちは、「労働者である」という見解を示す者が多かった。
- 契約形式を重視し、業務受託者ではあるが「労働者」ではないとした裁判官
- 労働の実態を重視してその働き方を見る限り「労働者」であるとした労働法学者
との解釈論争とも言える現象が巻き起こっていた。
2011年、最高裁は、契約の形式ではなく、労働の実態をもとに判断しなければならないとし、結論として、オペラ歌手、カスタマーエンジニアとも、「労働者」とするべきという判決が出された(国・中労委[新国立劇場運営財団]事件判決、国・中労委[INAXメンテナンス]事例判決)。
契約形式ではなく、労働の実態をもとに判断すべきという判例が出ているのだ。
「労働者」「使用者」概念の複雑さという問題
労働法における「労働者」「使用者」について、
- 労働基準法、労働契約法、労働組合法とで適用範囲が微妙に異なる
- 労働の実態を示す多様な基準が総合的に考慮される
などの点において、非常に複雑になっている。
そのため、どのような場合において「労働者」「使用者」になるのかは、「労働法の最も基本にある問題であるにもかかわらず、裁判所に訴えて法的に争うことが難しいものとなっている」と著者は述べる。
複雑で理解しにくい「労働者性」「使用者性」について、専門ではない人に対してもわかりやすい判断基準を提示できるかどうかが課題となっている。
第9章 労働法はどのようにして守られるのか
『労働法入門』では、労働者が実際に労使関係の問題に直面したときの解決法についても記述されている。
何らかの問題があったときのガイドラインとして、本書では、以下の表が示されている。
表によると、「裁判所」に行くまでに、いくつものステップがある。
労働組合に相談
労働関係をめぐる紛争については、労使の集団的な話し合いで解決することができるならば、それが望ましい。
これまで述べてきたように、「労働法」は、そのコンセプトからして、労働者が「集団」で使用者へ権利要求をする権利を厚く保護している。
労働問題は、多くの労働者に共通して当てはまる性格を持つことが多い。ある労働者の個別の問題であったとしても、制度の設計や運用のあり方について、今後に起こりうる問題も視野に入れたうえで、集団的な話し合いによって解決することが望ましいとされる。
「会社と労働組合との間で、問題の解決や予防を図る制度を集団的につくりあげていくことが、労働紛争の解決方法として第一の重要なステップ」なのだ。
そのため、労働者として問題に直面したときは、まずは労働組合への相談を検討するべきだ。
会社内に労働組合がなくとも、「地域合同労組」のように会社の外にある場合もある。
「労働局」「労働委員会」に相談
労働組合への相談ができない(やりたくない、やったけど失敗した)場合、国や都道府県の機関に、労働者が相談できる窓口がある。
「都道府県労働局」は、個別の労働関係の問題の解決を促すことを目的とした、各都道府県に置かれている国の機関であり、国民なら誰もが問い合わせることができる。
「労働局」では、
- 総合労働相談コーナーによるワンストップサービスの提供
- 都道府県労働局長による助言・指導
- 紛争調整委員会による紛争解決のためのあっせん
が行われている。
①の労働相談コーナーには、日本全体で年間100万件を超える相談が寄せられているという。
「都道府県労働委員会」は、各都道府県の県庁のなかに設けられている都道府県の機関であり、「労働局」と同じように、問い合わせることができる。
「労働委員」では、
- 不当労働行員の審査・救済
- 労働争議の調整
- 個別労働関係紛争のあっせん
が行われる。
また、各都道府県には、「労働相談センター」など、労働問題についての相談を受け付ける窓口が設置されている。
労働紛争に直面したときは、「労働局」や「労働委員会」などに相談するというステップが考えられる。
(問い合わせの窓口の電話番号については、働いている都道府県名のあとに「労働局」「労働委員会」などと検索をかければ、見つけることができるだろう。)
対価を支払って弁護士に相談する前に、国や都道府県の機関に相談することができる。
また、日本司法支援センター「法テラス」も、労働関係の相談や窓口案内を行っている。
弁護士、裁判所
労使の話し合いによってつねに紛争が解決されるわけではないし、行政機関は労働者をサポートしてはくれても、問題を終局的に解決する権限を持っているわけではない。
終局的な解決を行う機関として裁判所があり、労働者は弁護士を雇い、裁判所で決着をつけることになる。
日本は、行政による総合労働相談コーナーへの相談が非常に多く寄せられるものの、裁判所の利用率は低いそうだ。
つまり、日本では、潜在的な労働紛争自体は多くとも、裁判になるケースは少ない。日本の長期雇用慣行では、会社を移ること自体が労働者を不利にしやすく、仮に裁判で勝ったとしても、会社内での人間関係を損なってしまう。
また、弁護士の先生に相談したり依頼をするのにお金がかかったり、裁判が始まっても判決が出るまでに時間がかかったりと、一般の労働者にとって裁判で争うことのハードルは高い。
このような状況を踏まえ、労働問題の中でも、特に近年増加している「個別労働関係紛争」について、2004年の「労働審判法」によって、「労働審判手続」という手続が設けられ、2006年から実施されている。
「労働審判手続」は、労働紛争を迅速に解決するためのもので、労働問題の専門家である労働審判員の意見を取り込みながら、速やかな処理が意図され、原則として三回以内の期日で審理を集結させなければならないとしている。
労働紛争に関しては、「労働審判手続」という迅速な解決手段が用意されているが、その制度が労働者に十分に認知されているわけではない。
裁判所での解決を図るには、費用や時間がかかることは否めなくとも、他の裁判よりも迅速な手続きが用意されているのだ。
まとめると、もし労働関連の問題で困ったことがあり、誰かに相談したい場合、以下の選択肢がある。
- 社内の労働組合
- 社外の労働組合
- 都道府県労働局
- 都道府県労働委員会
- 法テラス
- 弁護士や自治体による法律相談
第10章 労働法はどこへいくのか
「国家」は、「契約」や「協約」によっても侵害されるべきではない、生命・身体・平等など、最低限の人権を保障する役割を持つ。また、国家による積極的な役割として、ワークライフバランスの促進や、非正規労働者の雇用などの方向性を示し、国民が自主的に労働条件を改善していけるような枠組みを提示することが求められる。
「個人」には、国家によって保障された権利を享受する主体として、自主的に行動することが求められる。例えば、国家によって保障されているはずの権利を侵害されたとして、それを黙認してしまうことは、それが許される社会を黙認することにもなる。自らの権利を主張していくことは、自分自身が所属する社会にとって公益性を持つ。
「労働法」は、「大量生産」の時代の「画一的、均質」な労働者を保護するために生まれた。現在は「多様化・個別化」が進み、「労働法」という全員に当てはまるルールでは、実態に対応するのが難しくなってきた。
国会や役所がルールを定めたとしても、それが現場の実態に即したものでなければ、法が守られず、法と実態が乖離したままになってしまう可能性がある。
多様な働き方を統制する、多様な労働者や使用者にとって合理的であるルールを整備することの難しさに直面しているのが、現状の課題と言える。
「労働法」は、「国家」による「法律(強行法規)」だけではなく、労使での「集団」的な話し合い(その結果としての「労働協約」)によって、問題の解決や予防に取り組むことが重視されている。
「集団」は、今もなお労働法において重要な役割を果たし、多くの労働者が納得して働けるルールを整備していける可能性を秘めている。
現在の世界の労働法学では、「内省(reflexivity)」や「潜在能力(capability)」に注目が集まっているという。
「国家」による最低限のルール整備やビジョンの提示に加えて、多様な働き方に「個人」や「集団」が対応しやすいような制度的基盤を提供できるかどうかが、労働法学や労働法制の今後の大きな課題となっている。
以上が、水町勇一郎『労働法入門』の要約と解説になる。
本書は、労働法の基本的な考え方を踏まえておきたい人にとっては優れた書籍である。
当記事で「要約と解説」を試みたが、実際の本文では、詳しい判例や条文への参照などが載っているので、ぜひとも本を手にとって読んでみてほしい。
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