「日本型雇用」は、「会社が社員を雇い続けること」を前提とした、日本に特徴的な雇用慣行・経営システムのことを言う。
日本型雇用について、「すでに崩壊している」「もうすぐ終わる」という見解を示す人は少なくない。
日本が「人口ボーナス期」+「高度経済成長期」で、企業の長期存続が見込めたからこそ、日本型雇用のシステムが機能していたが、
これからの変化の激しい時代には適用できないだろう、というわけだ。
一方で、2020年になってもなお、ほとんどの大企業において「新卒一括採用」と「年功昇給」が機能しているように、「なんだかんだで日本型雇用の慣行はこれからもずっと続いていく」という意見もある。
この記事では、
- 日本型雇用がいつごろできたか?
- 戦後から現在まで、日本型雇用はどう評価されてきたのか?
- 日本型雇用は今後どうなりそうか?
をテーマに、「日本型雇用」の「来し方行く末」について述べていく。
「日本型雇用とは何か?」という雇用システムの詳しい解説については、すでに「日本型雇用のメリットとデメリットを解説」という記事に詳しく書いているので、そちらが気になる方は以下を参考にしてほしい。

日本型雇用はいつからできたか?
日本型雇用は、だんだん普及・定着していったものなので、どの時点で成立したかという時期を明確に限定するのは難しい。
だが、「日本型雇用」は、戦前から萌芽が見られ、高度経済成長期の60年代に成立した、と見なされることが多い。
日本型雇用(日本人の働き方)については、膨大な量の研究の蓄積があるのだが、講談社現代新書で出ている小熊英二『日本社会のしくみ』は、これまでの日本研究をまとめる形で、日本型雇用の形成について詳しく書かれている。以降の説明は本書に準拠する。
『日本社会のしくみ』は、明治時代まで遡り、日本型雇用の形成と定着を説明しようとしている。
日本型雇用に見られる「社員が会社に忠義を尽くして、会社もそれに応じる」という働き方は、日本独自のものというより、官僚や軍隊で一般的に見られるものだ。
国に仕える官僚や軍人は、当然ながら「転職(主人の変更)」を考えず、国家に忠誠を誓って働き続ける。国家もそれに応えて、成果を出したかどうかを厳密に問わず「年功によって昇進」させていくし、「終身雇用」で面倒を見る。
つまり、「日本型雇用」は、「企業」と「労働者」の関係が、「国家」と「官職」の関係に寄っている働き方と言える。
ではなぜ、日本人の働き方は、経済合理性による「企業―労働者」ではなく、運命共同体的な「国家―官職」に寄っていったのだろうか?
20世紀前半の日本は、「官」の影響力が強い国家だった。
日本は、欧米諸国に追いつくために急速に近代化を進めたが、その過程で「官」の影響力が大きなものになった。
欧米諸国は、国家(官)と経済(市場合理性)と貴族(旧来の権威)との対立がありながら、徐々に秩序が形成されていったところが多い。
一方で日本は、旧来の秩序を一掃するようにして「官」の強大なイニシアチブで近代化を進めたので、「官」による秩序の影響力が非常に強くなった。
初期の近代的な産業は「官制」のものであり、近代的な教育を受けた人間のほとんどが「官職」という身分だった。
のちに勃興した民間企業も、「官」の仕組みを取り入れ、それによって「企業と労働者の関係なのに、国家と官職に近い働き方」が形成されていった。当時の日本には、近代的な秩序と言えば「官」しかなく、民間企業もそれに倣うしかなかったので、経済合理性よりも運命共同体な雇用慣行が普及していった。
とはいえ戦前は、「官職に近い働き方」をしていたのはごく一部のエリートのみで、他の大半の労働者は、「労働者の権利」が十分に確立されていない、短期雇用の労働者だった。
戦後に起こった労働運動によって「労働者の権利」が確立されていったのだが、その際に、労働者たちは、「官職に近い働き方」をしていた戦前のエリートの待遇を目標に、労働運動を展開した。
「年功昇給」や「終身雇用」といった、本来の発想では「官僚や軍人の権利」であるものを、「労働者の権利」として要求したのが、日本の戦後の労働運動の特徴だった。
以上が、「日本型雇用」が定着するまでの経緯だ。
「日本型雇用」を要求する労働者の運動が戦後に起こり、「日本型雇用」が明確に成立したと言えるほどの形になったのが60年代とされるが、その前提を辿っていくと、「急速な近代化」という明治期の事情が関係している。
以上までが、「日本型雇用はいつからできたのか?」の解説になるが、これについてちゃんと知りたい人は、『日本社会のしくみ』を読んでもらいたい。
当サイトでは、『日本社会のしくみ』の「要約と解説」や「まとめ」記事も書いているので、よければ以下も参考にしてほしい。


著者の小熊英二氏は、「日本型雇用」の特徴を「企業を横断する基準が根付かなかった」と説明している。
欧米には、「職務による共同体」という、「官」とはまた別の秩序があるのだが、日本はそのような職業共同体の秩序が形成されないまま急な近代化が進み、「官職」に近い働き方を民間企業が取り入れながら、経済発展していった。
戦前から現在までの日本型雇用の変遷
戦後から現在までの、日本型雇用の評価の変遷を述べていく。
「日本型雇用」について、実は、認識された当初は否定されることが多かったが、日本経済がうまくいっていたので評価が高まり、うまくいかなくなってから再び評価が落ちた、という経緯がある。
日本型雇用は、戦後の労働運動によって形作られていき、1960年代には定着したとされる。
実は、50年代、60年代は、「日本は近代化に遅れているので、欧米と比べて変な働き方をしている」という認識が多くの人にあった。
当時の政府や経団連は、「日本の遅れた雇用・労働システムを改革して、欧米のような同一労働同一賃金の働き方に変えていかなければならない」と考えていたし、そのような政策を後押ししていた。
しかし、50、60年代の日本は、欧米に比べて「遅れている」とされた、よくわからない働き方にもかかわらず、経済的にめちゃくちゃうまくいっていた!
やがて、経団連も政府も、「日本型雇用って悪くなくない?」となり、日本人の間で日本型雇用が評価されるようになっていった。
強い日本経済を見て、海外からも日本型雇用は注目され、長期安定的に労働者を雇用し続けるシステムの評価が高まっていた。
70年代、80年代は、何より日本人の間で、日本型雇用の評価が非常に高い時期だった。
アメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが1979年に出版した日本の労働システムの研究書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は、日本でベストセラーになった。
しかし、バブル崩壊後の90年代からは、「日本型雇用」の弱点や欠陥が浮き彫りになっていき、「日本型雇用」に対する不満が表出するようになっていった。
会社が社員を長期雇用するシステムは、独特の強みを持ってはいたが、「これからの時代、そもそも会社がずっとあり続けるという前提でやっていくのは無理がある」など、90年代から2000年代は、日本型雇用からの脱却を図る論調が強くなった。
そして、欧米の「同一労働同一賃金」を導入しようとする意見が、50年代、60年代の再来のように高まっていく。
だが、その手の「欧米のように合理化しよう」という動きは、「成果主義の導入による賃金の切り下げ」など、日本の労働者にとって不利に働くことが多かった。
日本型雇用は、「社員は会社に忠義を尽くすが、企業もそれに応じる」という仕組みだ。「年功昇給」によって賃金が上がっていくなかで、「それを途中でやめて同じ仕事なら同じ賃金」とすると、一部の経営者にとっては都合が良くても、労働者は不利になる。
「日本型雇用」はすでに長期間機能し続けているものであり、それが破綻すると不利になる労働者が多くいるので、そのあり方を根本的に変えるのは難しい。
2010年代が終わっても、日本型雇用は、今なお強い影響力を持ち続けている。
例えば、「新卒一括採用」や「年功昇給」のような仕組みが、5年後、10年後に根絶されているかというと、そのような予想をする人は少数派だろう。
たしかに、今の新卒が入社してから40、50年後まで「終身雇用」が機能するとは思いにくい。そのような意味で「日本型雇用の崩壊」を論じる人は多い。だが現状は、「新卒一括採用」や「年功昇給」がまだまだ強い影響力を持っていて、「日本型雇用が終わった」とはとても言えない。
「日本型雇用(日本的経営)とは何か?メリットとデメリットを解説」の記事でも述べたことだが、日本型雇用は、まったく不合理なものとは言えず、合理的に機能している部分もある。だからこそ、かつては高く評価されていたし、現在もまだ古い仕組みから脱却できているわけではない。
日本型雇用は今後どうなるのか?
未来に関して、様々な予測はできるが、実際にどうなるのかは誰もわからない。
ただ、「20世紀に確立された労働者の権利に無理が来ている」という「世界的な傾向」がある。
21世紀は、産業構造の転換、機械化、IT化、グローバル化、少子高齢化、新興国の成長など、大きな変化に晒されている時代だ。
20世紀に機能していた「労働者の権利」は、21世紀には時代に合わないものになってきている。
うまくいかないのは、「日本型雇用」に限ったことではない。
欧米の「職務を重視する権利のあり方(ジョブ型)」にしても、日本と同じように駄目になっている。
欧米では、労働者の権利の前提となっている「職務」という概念が、「産業の変化の速さ」に対応できず、様々な矛盾が噴出している。
日本の場合は、労働者の権利の前提となっている「会社」が、数十年後も存続するかわからないという形で、多くの矛盾と葛藤の原因になっている。
「日本型雇用」が駄目というよりは、世界的に、「20世紀に確立された労働者の権利」が限界を向かえている。
現在は、「YouTube」「Apple Store」「Uber」などに代表されるような、「労働者を雇用しないプラットフォーム」が注目を浴びている。
このような状況において、労働者が不安や不満を感じるのはもちろん、経営者(企業)側にとっても、かつてと同等の権利を労働者に保障しながら経済活動を行うのが、実質的に不可能なものになっている。
だが、上で述べたように、「新卒一括採用」や「年功昇給」といった根幹となるシステムは継続中で、「日本型雇用」は終わってはいない。もっとも、これらの「日本型雇用」の仕組みも、中途採用が増え、給料がほとんど上がらなくなっていくなど、しだいに形骸化していくかもしれない。
とはいえ、日本型をやめて欧米型にシフトチェンジしようとしても、欧米は欧米で難しい状況にあるので、良い解決策とは言えない。
結論としては、「日本型雇用」が限界に直面しているのは間違いないが、とはいえ何らかの方向性が定まっているわけではない。
「20世紀に確立された権利」と「21世紀の急速な変化」との間で葛藤しているのが、今の状況と言える。
コメントを残す