「世代間格差(若者の搾取)」は、日本でもよく話題になるトピックだ。
高齢者の年金や社会保障費のための税金が、若者の負担となっているのは確かだろう。
これと似たような文脈で語られるのが、「若者の賃金が安い日本型雇用の慣行によって、若者が搾取されている」というものだ。
だが、実は、雇用(就職)に関して言えば、若者が搾取されているとは一概に言えない。
今の日本では、多くの若者が、就職活動のつらさ、理不尽さに直面しているだろう。しかしそれでもなお、日本の雇用慣行は、若者にとって有利な点がある。
「日本は若者が就職しやすい社会」なのだ。
今回は、日本型雇用の、若者に有利な部分について解説していく。
なお、当記事を書くにあたって、濱口桂一郎『若者と労働』を参考にしている。

欧米は若年失業率が高くなる社会
実は、欧米は、「若者が就職しにくく、中高年が就職しやすい」社会だ。
欧米では、若者の失業率が、かなり深刻な社会問題になっている。
もちろん日本でも若年失業問題はあるが、欧米は日本と比べ物にならないくらい、若者の失業が多い。
ではなぜ欧米は若者が就職しにくいのだろうか?
それは、「同一労働同一賃金」が重視される傾向にあるからだ。
「同一労働同一賃金」は、「同じ仕事をしているなら同じ待遇を与えなければならない」という労働者の権利のあり方で、欧米はこれに則って、人種や性別による差別のない働き方を目指している。
「結婚しているから」「扶養家族がいるから」などの職務と関係のない事情を考慮することも、「同一労働同一賃金」の考え方では差別になる。若者であれ中高年であれ高齢者であれ、「同じ仕事をしているなら賃金は同じ」でなければならないのだ。
では、なぜ欧米の「同一労働同一賃金」において、若者の失業率が増加するのか?
それは、雇用する際に重視されるのが「資格」と「経験」だからだ。
「資格」や「経験」によって判断するのは差別にはならない。
若者と中高年とで給料の差をつけることは許されないので、「同一労働」と括られる場合は、経験の少ない若者でも、経験豊富な中高年でも、賃金を同じにしなければならない。
そのため、企業は、同じ資格で同じ賃金の人材なら、経験豊富な中高年のほうを選びたがる。
これが、「若者が就職しにくく、中高年が就職しやすい」理由になる。
単純に、経験があるから、中高年のほうが選ばれやすいのだ。
欧米の雇用システムは格差が開きやすい
「学歴(資格)」と「ファーストキャリア」が重要なのは、日本も欧米も変わらないが、欧米の場合は、「学歴」と「キャリア」において、能力や適正だけでは覆すことのできない格差が生まれつつある。
社会的地位の高い仕事に採用されるためには、当然ながら「学歴」と「キャリア」が必要だ。
欧米の「学歴」は、教育期間が長くなる傾向にある。もともと「大卒」を募集条件にしていたところが、時代を経るにつれて、「院卒」「博士号持ち」という形で要求される学位が上がっていった。
また、競争率の高い仕事に採用されるために、欧米の若者は、「インターンシップ」によって職務経験を積もうとすることが多い。何も知らないところから、経験を「積ませてもらう」ためのものなので、インターンシップ(職業経験)の多くは、無給・低賃金、あるいは有料だ。
つまり欧米の雇用システムにおいて、待遇の良い仕事は
- 「学歴」を経るために長い期間を要する
- 「経験」を経るために無給で労働する期間を要する
という状況になってきている。
このような場合、身内がサポートできるかどうかで決定的な差がつくので、格差が再生産されやすい。
当然ながら日本も、親が捻出できる教育費によって格差が生まれるし、それは深刻な問題である。
しかし、それでもまだ日本は、欧米ほどは格差が大きくなりにくい社会システムなのだ。
日本の雇用システムは格差が開きにくい
欧米の学歴のあり方が、「大卒」「院卒」「博士」というヒエラルキーになっているのに対し、日本では、「大学入学時の偏差値(難易度の高い大学を合格することができたか)」が学歴評価において重要な点になっている。
また、企業に入社するための主な門戸は、「新卒一括採用」というイベントになっている。
日本の雇用システムにおいては、「高校卒業後2年以内に大学入学」「新卒一括採用時に入社」「年功序列で昇進」という「社会のレール」から外れると不利になりやすい。
このような仕組みは、いびつで、理不尽で、息苦しく感じるものかもしれない。しかし、それゆえに、欧米よりも格差の再生産が緩やかになっている側面がある。
日本の場合、優秀であれば、親が貧乏であっても、奨学金と大卒での新卒採用によって、待遇の良い企業に入社することが、それほど起こり得ないことではない。
逆に言えば、「新卒一括採用」といった期間限定のイベントが存在しない欧米は、「大学院までの教育」や、「キャリアを積むためのインターンシップの時期にかかる費用」など、選別にかかる時間が長期化して、奨学金などの政策を打っても、格差の再生産を抑えにくくなっているのだ。
- 日本は、選別のタイミングが決まっている点で理不尽だが、そのぶん教育・訓練の期間が短く済み、格差の再生産が緩やか
- 欧米は、選別のタイミングが決まっていないがゆえに、教育・訓練の期間が長くなりやすく、格差が再生産されやすい
欧米は日本と違って、「若者の安売り(若いからという理由で安く雇わせる)」が構造的にできない社会なのだが、それが格差の増大に繋がるという皮肉がある。
欧米の若者は、職務経験のある中高年と同じ枠で採用を勝ち取らなければならないので、欧米は若年失業率が高い。
日本は若者が就職しやすい社会
日本の「大学入学時の偏差値重視」や「新卒一括採用」は、不合理で理不尽な点も多く、不満を持つ日本人は多いだろう。
一方で、「職務経験」というものは、多くの日本の若者が思っている以上に、貴重なものだ。
欧米の若者の多くは、「良いキャリア」を積むためなら、無給でも喜んで必死に働く。
日本企業は、まったく働いたことのない若者を、ポテンシャルを見込んで採用してくれるし、大手企業であれば、将来の幹部候補として、充実した職務訓練を有給で行ってくれる。
日本の「新卒一括採用」は、若者にとってもメリットの多い仕組みなのである。
もちろん、反面として、「新卒一括採用」のレールに乗れなかった若者は不利になりやすく、その機会を逃してしまった人が不満を表明するのは当然のことだ。
「新卒一括採用」は、全体として見れば、日本を「若者が就職しやすい社会」にしている要因だが、そこから外れたことで不利になる人がいるという側面も軽視するべきではない。
「年功序列」の仕組みは「若者の搾取」とは言えない
「日本型雇用」について、「若者はこき使われて、中高年は不当に高い給料をもらっている。若者は搾取されているのだ!」という意見を表明する人が多い。
だが、ここまでで述べてきたことを考慮すれば、「日本型雇用」の仕組みが、必ずしも若者に不利とは言えないだろう。
欧米の基準からすると、「何のキャリアもない人間が、雇用してもらえて、賃金までもらえる」という仕組みは、夢のような話でもあるのだ。
社会保障費の負担などの観点からは、日本の若者は搾取されていると言うことができるかもしれないが、雇用システムに関して言えば、中高年のほうが給料が高いからといって、若者が搾取されていると考えるのは早計だ。
だから、「年功序列と終身雇用は無理があるから、それが崩壊するタイミングで、若者はババを引かされる」という説得力を持ちやすい言説も、やや一方的な見方かもしれない。たとえ賃金が低くとも、「右も左も分からない状態で雇ってもらえて仕事を覚えられる」ことは恩恵だからだ。
「若いうちは給料が低く、勤続年数が長いほど給料が高い」日本型雇用は、低賃金で働く若者にとっても、十分なメリットがある雇用システムなのだ。
とはいえ、日本型雇用は優れていて、日本の若者が幸福であると主張したいわけではない。
全体として「若者が就職しやすい」仕組みではあるが、それだけに、運悪く社会のレールからはみ出てしまった人にとっては最悪の社会制度になる。また、非正規雇用の増加も深刻な問題になっている。
また、日本型雇用のトレードオフを悪用して、まともなキャリアも積ませずに若者を使い潰す「ブラック労働」も問題になっている。
「日本型雇用」は、「若者が就職しやすい」という利点はあれど、多くの欠陥を抱えていることもまた事実だ。
一概に否定するのでも肯定するのでもなく、システムの恩恵を受けられる人もいれば、そうではない人がいることも認識すべきだろう。
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