「日本人の労働生産性が低い」論を批判する!生産性の向上を目指すべきか?

「日本人は労働生産性が低い」と主張する人は多い。

「日本人は労働生産性が低いこと」を前提とし、「もっと合理化、効率化を目指すべし」という意見は、よく言われがちだ。

だが、当記事では、世に溢れる「日本は労働生産性の向上を目指すべき」論を、徹底的に批判するつもりだ。

そもそも、「労働生産性」という言葉がおかしい。

実際のところ、多くの人が、何を「労働生産性」と定義しているのか、よくわかっていないのではないだろうか?

この記事では、「労働生産性」の定義などについても、詳しく解説していく。

労働生産性とは何か?計算式と意図

実は、日本で言われている「労働生産性」は、国際的に使われている概念ではなく、「日本生産性本部」という日本の公益財団法人が提唱しているものに過ぎない。

「日本生産性本部」は、経済界の大物たちが会長や理事を務めるシンクタンクだ。この団体の是非についてここでは詳しく書かないが、各自で「日本生産性本部 天下り先」などと検索して調べてみてほしい。

「日本生産性本部」が提唱している「労働生産性」は、簡単に言うと、「一人あたりGDP」の亜種である。

「一人あたりGDP」が「GDP÷人口」だとするなら、「労働生産性」は「GDP÷就業者数」だ。

計算式は非常に単純で、何も難しいことはやっていない。

「労働生産性」とは、ようは、「就業者一人あたりGDP」のことだ。

日本生産性本部が出している「労働生産性の国際比較 2019」によると、

国民1人当たりGDPとして表される「経済的豊かさ」を実現するには、より少ない労力でより多くの経済的成果を生み出すことが重要である。そして、それを定量化した代表的な指標の1つが労働生産性である。日本のように中長期的に人口減少や高齢化が進み、就業者数の増加や就業率の改善が期待できなくなっても、それ以上に労働生産性が向上すれば、国民1人当たりGDPは上昇する。だからこそ、持続的な経済成長や経済的な豊かさを実現するには、労働生産性の上昇が重要だということになる。

とある。

つまり、日本はこれから「就業者数」が減っていく可能性が高いが、「人口一人あたりGDP」ではなく、「就業者一人あたりGDP」を「労働生産性」と定義して、その向上を目指していこう、というわけだ。

上の引用などを読む限り、妥当な問題意識に見えるかもしれないが、そもそも「人口一人あたりGDP」ではなく、「就業者一人あたりGDP」とすることに、それほど妥当性はあるだろうか?

 

「労働生産性」は信頼できる指標なのか?

「人口一人あたりGDP」を、「就業者一人あたりGDP」とすることの欠点を挙げたい。

まず、「人口」と比べて、「就業者数」は客観的な数値になりにくい。

「就業者」は、国の定義や統計のとり方によって数がゆらぐ概念だ。

例えば日本においても、どこから「就業者」なのか? アルバイトで月収1万円であっても「就業者」と定義されるのか、労働法上の定義と統計上の定義にずれはないか、などを厳密に説明することができる人は少ないだろう。

それぞれの社会ごとに、どこからを「就業者」とするかが異なる可能性があるし、「失業」に関していえば、統計上なるべく低く見せようとする意図も働く。

また、日本のように解雇条件が厳しい国なら、就業者の数は安定しやすいが、アメリカのように解雇要件が緩い国なら、就業者の数は景気に左右されやすい、などの国ごとの事情もあるだろう。

何が言いたいかと言うと、「人口」と比べて、「就業者」はデータの信頼性が低いのだ。

なお、「労働生産性」は、「就業者一人あたりGDP」と別に、「就業1時間あたりGDP」出している場合もある。言うまでもないが、「就業時間」は「就業者」よりもさらに信頼性が乏しい。

労働生産性の国際比較 2019」から引用すると、

労働生産性の計測に必要な各種データはOECDの統計データを中心に各国統計局等のデータも補完的に用いている。

比較にあたっては、世界銀行のデータを中心に、アジア開発銀行(ADB)や国際労働機関(ILO)、国際通貨基金(IMF)、各国統計局などのデータも補完的に使用することで167カ国の就業者1人当たり労働生産性を計測する。労働生産性は就業者1人当たりと就業1時間当たりの2種類で計測されることが多いが、それは先進諸国では就業者と労働時間を統計的に把握できるためである。しかし、先進国以外では労働時間を統計的に把握できる国が少なく、就業者数がようやく把握できるようなケースも多い。

とある。

日本生産性本部のレポートを見ると、かなりちゃんと作られている印象をうけるし、実際に手が混んでいる。

だが、「就業者」を厳密に定義しているわけでもなければ、自分たちでデータを集めているわけではない。

実際にやっているのは、OECDなどのデータを引っ張ってきて、「国民一人あたりGDP」を「就業者一人あたりGDP」に変えただけのことである。

だが、「人口」から「就業者(あるいは就業時間)」と、わざわざ信頼性に劣る指標にするだけの意義はあるだろうか?

 

「企業における利益」と「国家におけるGDP」を同じものと考える間違い

「労働生産性(就業者一人あたりGDP)」という指標の欠点として、「就業者数」のデータの信頼性が心もとない点について、上で述べてきた。

だが、「労働生産性」のより根本的な欠陥は、「企業における利益」と「国家におけるGDP」を混同してしまっているところにある。

そもそも、GDPは、国の豊かさを必ずしも反映しない。この話は長くなるので、詳しくは以下の記事を読んでほしい。

GDP(国内総生産)が国の豊かさを反映しない理由【GDPの欠陥・問題点】

「企業」と「国家」を同列のものとして扱って、企業経営の延長で国の方針に口を出すのは、会社で成功して発言力を持った人にありがちな間違いだ。

「企業」は、お金儲けをすることを目的とした、限定された集団に過ぎず、プレイヤーとして、自社の利益の追求が許される。企業経営においては、「従業員一人あたりの成果」を「労働生産性」と定義して、それを改善していこうとすることは、極めて真っ当だ。

しかし、同じ発想を「国家」に適用するわけにはいかない。ここでは国家の定義に踏み込むことはしないが、少なくとも「国家」は「プレイヤー」ではない。

例を出すなら

  • 飲食店を経営する「プレイヤー」が、「コストに対する利益」を可視化して、それを改善していこうとするのは当然
  • 仮に、上の改善を、日本中の飲食店が行ったとして、日本中の飲食店のレベルがワンランク上がったとする。しかし、その成果が国家の「GDP」に反映されるとは限らない

ということだ。

「ご飯が美味しくなる」のは「生産的」なことかもしれないが、それは「GDP」という指標に必ずしも反映されるわけではない。

「GDP」を「就業者数(あるいは就業時間)」で割り算して、その数値の大小で国を評価するという見方は、企業経営と国家経営を素朴に混同した、ナンセンスなものと言うべきだ

例えば、「就業者一人あたりのGDP」で評価するなら、同じGDPなら失業者が多いほうが数値は高くなるのだが、そのような指標を国際比較した上で「向上を目指す」ことが妥当なのかどうか、よく考えたほうがいいだろう。

 

なぜ「労働生産性」の議論が流行るのか?

以上まで、「労働生産性」について

  • 日本の公益財団法人が勝手に提唱しているものに過ぎない
  • 「一人あたりGDP」を「就業者数一人あたりGDP」にする操作をしただけ
  • 定義が曖昧になりやすい「就業者」を採用することで指標の信頼性が低下している
  • 「GDP」が「生産」であるという前提を疑わずに採用している
  • 企業における「労働生産性」を、「国家」の評価にそのまま当てはめている
  • 失業者が増えるほど上昇しやすく、国家の目標として妥当性が薄い

などの欠点を指摘してきた。

労働生産性本部が提唱する「労働生産性(就業者一人あたりのGDP)」は、企業経営の考え方としては真っ当でも、「国家」や「日本人の働き方」を評価する際の指標としてまともなものではない。

ただ、「労働生産性」がこれほど言及される指標になった要因は、「就業者数一人あたりGDP」を「労働生産性」と命名したことにあるだろう。

日本は、いまだに多くの会社で判子やFAXが残っている国であり、「日本は労働生産性が低い」という文言は、おそらく、多くの日本の労働者の琴線に触れるものがあった。

「労働生産性」は、働き方に不満を持っている日本人が、なんとなく言及しやすく、文句を言うときに使いやすい言葉なのだ。

今では、「日本は効率が悪く、残業が多いから労働生産性が低い」みたいな認識を、多くの日本人が持つようになっている。(ちなみにだが、現在の「日本人労働者」の労働時間は、他の先進国と比べて特に多いわけではない。)

しかし、日本でよく言われがちな「労働生産性」は、その定義そのものを疑ってみるべき言葉なのだ。

 

以上、「労働生産性」への批判を述べてきたが、「では生産性とは何か?」という疑問に対しては、明確な回答を出すことができない。

「企業」における「生産性」は話が簡単だが、「国家」において何が「生産性」なのかは、答えることが非常に難しい問題だ。

GDP(国内総生産)が国の豊かさを反映しない理由」の記事でも述べたように、21世紀においては、GDPも、実態を反映する指標ではなくなってきている。これからの時代において、「生産」とはどういうことなのか、注意深く考える必要があるだろう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。