「非正規雇用」の労働者が増えている。
「正社員かどうか?」が重要とされている社会において、「非正規雇用」が多いことは問題になりやすい。
ただ、多くの人が、「なぜ非正規雇用が増えたのか?」については、正確な認識をしていないように思う。
実は、「正社員が減ったから非正規雇用が増えたわけではない」のだ。
この記事では
- 非正規雇用がどのようにして増えたのかのデータを提示
- なぜ非正規雇用が増えたのかという構造的な理由を解説
- 本当は何が問題なのかを解説
という形で進めていく。
非正規雇用の増加と雇用労働者の増加
まずはデータを出したい。
(グラフ引用は「総務省統計局-正規・非正規雇用の長期的な推移」から)
(グラフ引用は「社会実情データ図録-正規雇用と非正規雇用の推移」から)
「非正規雇用」の割合は増え続けている。
ただ、グラフから、「非正規雇用が増えたぶんだけ、正規雇用が減った」わけではないことがわかる。
企業に雇用されて働く「雇用労働者(正規雇用と非正規雇用の合計)」が増えているのである。
ではなぜ「雇用労働者」が増えたのか?
それは「自営業」や「家族従業者」が減ったからである。
(グラフ引用は「中小企業庁-日本社会の活力と中小企業」から)
企業に雇われずに自分たちで切り盛りする「個人事業主」が減って、企業に雇用されて働く「雇用労働者」が増えた。
そして、「正規雇用の数」がそれほど変わらなくとも、「雇用労働者」自体が増えたので、「雇用労働者に対する正規雇用の割合」は減る。
- 個人事業主が減り、雇用労働者が増えた
- 雇用労働者のうち、正社員の数はあまり変わらないが、非正規雇用が増えた
- 雇用労働者に対する「正規雇用の割合」は減った
これが、「正社員になるのが難しくなった」の正体である。
正社員の枠がそれほど変わらなくとも、雇用されて働く人の母数が増えるので、相対的に正社員が希少になる。
つまり、「正規雇用が減ったぶんだけ非正規雇用が増えた」ではなく、「個人事業主が減って非正規雇用が増えた」といったほうが、実態を表わしている。
なお、グラフは引用で済ませたが、最新のデータを自分で検証したい人は、「総務省統計局の労働力調査」などを参考にすると良い。
雇用労働者が増えていく流れ
上で示した「減った個人事業主」というのは、現在のフリーランサーのような働き方をしていたわけではなく、小規模零細の自営業や家族従業員など、田舎で小さくやっているような人が大半だった。
実は、「自営業や家族経営が減って、企業に雇用されて働く人が増える」というのは、日本に限らず、世界的に共通する流れだ。
「市場競争が進み、生産性の低い事業が淘汰されていく」ということが世界中で起こっているし、日本でも同じように起こっている。
例えば、個人経営で細々とやっている商店と、スケールメリットを活かす大企業があったとして、競争が成熟すると、前者が退場して後者が生き残りやすい。
個人経営の商店が潰れて大手がそこに替わり、もともと自分で店をやっていた人が大手に雇われて働くようになる、という状況は想像しやすいだろう。
これが、「事業主」が減って「雇用労働者」が増えていく流れだ。
多くの産業において、小規模零細の事業が潰れ、大手チェーンや大手ブランドが生き残るようになっていく。
この問題は、日本においては、「非正規雇用者の増加」という形で顕在化し、認知された。
だが、「正社員」の数自体がそれほど減ったわけではないのなら、「非正規雇用」の増加のいったい何が問題なのだろうか?
それは、近年になって増えた「非正規雇用」の労働者は、十分な賃金を得られない上に、地縁や血縁や地域共同体からも切り離されていることが多いからだ。
「一億総中流」の時代にも、みんなが「正社員」だったわけではない
非正規雇用の増加が、「正社員になれなくなった問題」として取り上げられがちな背景には、「昔はほとんどの人が長期雇用の正社員として働くことができていた」というイメージがあるのかもしれないが、これは誤解だ。
小熊英二『日本社会のしくみ』などの書籍で解説されていることだが、「一億総中流」は、地方の豊かさによって成り立っていた。

「地縁・血縁」などの地域共同体が機能している「地方」では、「市場」にそれほど頼らずとも、豊かに生活できる。持ち家があり、農作物を自作し、近所からのおすそ分けなどがあれば、それほどの金銭収入を必要としない。
「市場」は、様々な自由と豊かさをもたらすものの、「市場のみ」で生活するためには、多くの金銭収入が必要になる。賃貸住宅を借り、食材なども市場から手に入れるとなると、多くの金銭収入がなければやっていけない。
日本に限らずどの国にも共通して、基本的には経済成長するほど、「地縁・血縁」が解体されて「市場」化が進んでいく。ただ、日本が「一億総中流」と言われたのは70年代後半だが、その時期は、「市場」化が進んでいく真っ最中でありながらも、「まだ地方が十分に機能している」時代でもあったのだ。
日本が物質的に豊かになっていく最中、「市場」からの収入がそれなりにありながらも、市場に頼らない「地縁・血縁」もそれなりに機能していた、均衡点のような時期が「一億総中流」と言われた豊かな時代だった。
「一億総中流」の時期も、「みんなが正社員」だったわけでは決してなかった。
- 「正社員」で市場から十分な収入を得ていた人たち
- 「市場」からのそこそこの収入と、市場に頼らない「地縁・血縁」の両方を持っていた人たち
という2パターンの豊かさが、日本のそれなりの部分をおおっていたからこそ、豊かな時代だったのだ。
しかし、80年代からは、「市場」化がますます進んでいき、ますます「地縁・血縁」が解体されていく。
そして、
- 「正社員」として十分な収入を得ていないが、「地縁・血縁」を持っていない人たち
が、いま問題とされている「非正規雇用」なのだ。
原因となった「市場」化は、戦後から一貫して続いていたが、それが深刻な問題と認知されるほどまで表面化したのは、2000年代あたりからだった。
「全員が正社員」というやり方は無理がある
「地縁・血縁」から切り離された「非正規雇用」が問題だとして、全員が市場から十分な収益を得られる方法、例えば「全員が正社員」というのは現実的なのだろうか?
小熊英二『日本社会のしくみ』では、「日本型雇用(新卒一括採用、年功序列、終身雇用)」の枠組みで最後まで働けた人は、その扶養家族も含めて「約3割」としている。


などの記事で述べたが、「日本における正社員(日本型雇用)」は、「3割程度の、そこそこ選抜したメンバー全員を管理職候補として長期的に育てていく」という働き方だ。(ちなみに欧米の働き方は、管理職候補が入り口の時点でより厳選される。)
もともと日本の「正社員」は、みんなが当たり前になれるものではなく、全体の3割ほどのそれなりに選別されたメンバーだった。ただ、政治家や、東京の大手企業で働く人や、マスメディアに携わる人からすれば、周囲の人のほとんどが「正社員」だっただろう。そのため、メディアなどにおいて、「みんなが正社員であるべき」という観念が何となく形成されてきた。
だが、そもそも「全員が正社員」という状況は最初からなかったし、「みんなが正社員であること」を前提とした社会をこれから目指すのも、非現実的な目標に思える。
また、
- 現在の「正社員」の権利を守ること
- 「正社員」でなければならない社会からの脱却
は、それぞれ反発し合う側面があり、利害が対立するので、根が深い問題と言えるだろう。
「非正規雇用」問題の本質は?
「非正規雇用」の問題は、「生活の苦しさ」が取り上げられがちだ。
ただ、「非正規なので生活が苦しい問題」は、上で述べてきたように、「正社員の枠からこぼれ落ちた」からというよりは、「共同体から疎外されて金銭収入がなければ暮らしていけない」のが原因だ。
「地縁・血縁から切り離され、市場からも十分な収益を得ることができない個人」という問題は、日本以外の先進国も共通して直面しているものだ。
つまり、「正社員」が前提とされている日本で「非正規雇用」の問題として認識されているものは、「共同体から切り離されて、市場経済で生きなければならなくなった個人の問題」というのが実態かもしれない。
これに対して、
- 個人に対する普遍的な保障を政府が充実させていくべきだ
- かつての共同体を再び立て直そうとするべきだ
など、人によって様々な意見があるだろうが、これは先進国が共通して直面している課題であり、これからその解決策を探してく必要があるだろう。
「非正規雇用」の問題に対して、政府の対応などを批判する声が多いが(もちろん政策にまったく問題がないとは言わない)、日本だけが対応に誤ったというよりは、「市場化が進んだことによる孤立、疎外、少子化」という、もっとスケールの大きな問題である可能性が高い。
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雇用からこぼれ落ちたセーフティネット(雇用保険や生活保護)が貧弱な割に
支払う税相当支出(年金保険料など含む)が同等サービスの外国より割高。
※同等サービスの外国:台湾や中国
セーフティネットが貧弱な国に対し
多くの税負担をしたくないですね。
※別の方面も貧弱ですが。