なぜ日本の会社は残業が発生しやすく、日本人は断れないのか?

日本企業は、残業が多いとよく言われる。

そして、日本人はなかなか残業を断わることができない、というイメージもある。

「NOと言えない日本人」という言葉もあるが、「欧米人が残業をきっぱり断れるのはどうしてなのだろう?」と思う日本人は少なくないだろう。

ここでは、「そういう文化である」という説明をせずに、雇用システムの構造的・思想的な違いから、「なぜ日本の企業では残業が発生しやすく、日本人は断れないのか?」を解説していきたい。

個人の性質ではなく、社会の問題なのだ。

仮に欧米人だったとしても、日本社会で働いていたら、残業を断れないようになっていくだろう。

責任が曖昧だから、残業が発生しやすい

なぜ日本は残業が発生しやすいのか? 結論から言うと、「責任の所在が曖昧だから」だ。

もし仕事がうまく行かず、「誰の責任か?」となったときに

  • 欧米の場合は、「指示した人」がほとんどの責任を追う
  • 日本の場合は、「指示した人」が多くの責任を追うが、「指示された人」もそこそこの責任を追う

となっているからだ。

[図解] [チーム] (トップの責任)
(個々の評価は別)

[図解] (下部メンバーにも責任がある)

欧米の場合は、「契約」によって責任範囲が明確に定められる傾向がある。

そして、何らかのプロジェクトの責任は、「指示する人」に一任される場合が多い。

もしプロジェクトが失敗した場合、「指示する人」の評価が下がるが、「指示されて働く人」は特に関係ない。「指示されて働く人」は、「契約した仕事をきちんとこなしたかどうか?」で評価される。

「指示する人」は仕事を割りふるが、「指示されて働く人」からすれば、自分が一般的な職務基準を満たしている場合、割り振られた仕事が予定通りに終わらなくとも、それは指示をした上司の責任であり、自分の責任ではないとなる。

以上のような働き方は、契約を超えた働き方を強制すべきではないという発想があるが、それは、欧米では「職務契約」が重視されるからだ。

日本は、職務契約を曖昧な感じでやっている。そして、「指示する人」の責任は当然ながら大きいが、「指示されて働く人」にもそれなりに責任感が要求される。日本の場合、プロジェクトの成否は、「ふんわりとチーム全体の責任」となる場合も多い。

これに関して、いろいろと文句を言いたくなる日本人は多いだろうが、単に悪いことばかりではない。責任があるぶんだけ、裁量も認められるのだ。

実は日本の「正社員」は、欧米と比べて、仕事の裁量がそれなりに与えられる働き方なのだ。

基本的に、「裁量(権限)」の大きさと「責任」の大きさは、トレードオフになる。

 

裁量と責任はトレードオフ

「裁量(あるいは権限)」と「責任」は、トレードオフの関係になりやすい。

  • 裁量が大きいなら、責任も大きい
  • 裁量がないなら、責任もない

これは、物事の道理として、普通に考えても納得しやすいものだろう。

「裁量が大きいのに責任がない」のは、「趣味的」であり、仕事上はあまり見られない。ただ、投資の段階において、失敗を前提に試行錯誤させる、という状況が生まれれば、これが成り立つこともある。特定の人材の「趣味」が大きな成果を生むこともあるからだ。

「裁量がないのに責任が大きい」のは、「搾取」である。

日本では、マニュアルをこなすだけのアルバイトなのに強い責任感を要求されるという、いわゆる「やりがい搾取」が問題になったが、これはまったくもっと道理に反したことなので、そのようなバイトは(技能が得られるなどのメリットがない限りは、)辞めるか、労働法違反として告発するのが得策と言える。

また、世の中には、「中間管理職」や「お飾りのトップ」という、裁量がないのに責任をとらされる立場があるが、それに見合うほど給料が高い場合が多いので、搾取とは言えないだろう。

例外を述べてきたが、基本的に、「裁量と責任」の大きさはトレードオフになっている。

そして、日本の「正社員」は、仕事に「裁量」があるからこそ、「責任」がある。「仕事をちゃんとやらなければならない」のなら、どうしても残業が発生してしまう状況は起こる。

逆に、「プロジェクトの進行上、やらなければならない仕事があるのに、定時が来たから帰る」というのは、「責任」が限定されているからこそ可能なのだ。(自分の選択として定時に帰るのではなく、そもそも残業して仕事を仕上げるという「裁量」を持っていない場合も多い。)

 

なぜ欧米は仕事に対して「無責任」でいられるのか?

「裁量と責任」という要因を説明してきたが、これに加えて、「社内で評価されるか、社外で評価されるか」という要素がある。

日本と欧米の働き方の違いについて、以下の記事で説明しているので、より詳しく知りたい人は参考にしてほしい。

  • 日本型雇用(日本的経営)とは何か?メリットとデメリットを解説
  • 「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の働き方の違いを解説する
  • 日本人は働きすぎって本当?日本の正社員の労働時間が長い理由を解説

日本は、「会社を辞めにくいが仕事が変わりやすい」雇用システムであり、欧米は「会社を辞めやすいが仕事を変えにくい」雇用システムだ。

  • 日本は、会社を辞めにくいが、仕事が変わりやすい
  • 欧米は、会社を辞めやすいが、仕事を変えにくい

別の言い方をすると

  • 日本は、会社の「内部」で評価されやすい
  • 欧米は、会社の「外部」に評価の基準がある

となる。

日本と違って、欧米は、会社の外部に人材評価の基準がある。いくつもの会社を経験するのが当たり前なので、「どのような資格を得て、どのような職務経験を積んできて、何ができるのか」という基準で労働者が評価されやすい。

プロジェクトの目標設定や管理に関わらない「指示されて働く人」は、たとえ自分のところのプロジェクトの進捗が滞っていても、自分が契約した範囲の仕事をこなしていさえすれば、「采配をミスした上司や会社の問題」と考える。

欧米の働き方は、日本人からすると「マジかコイツ……」というレベルで無責任に思うこともあるが、怠けているわけではなく、「進捗の遅れは管理する職務にあたる者の責任」という発想なのだ。逆に、日本人は「なんでコイツこんなに働くんだ……?」と思われることが多い。

日本の正社員の場合は、「社内での頑張りがキャリアに直結するから、怠けていると思われてはいけない」という事情がある。

また、日本は「職務」の範囲が明確でない働き方をしている。そのため、「プロジェクトの進捗が滞っているのに、残業を断って自分だけ定時で帰る」ということが難しい。個別の職務の範囲が決まっていないので、プロジェクトを進める上で、空いている仕事があれば自分がやらなければならないのだ。

日本型雇用は、「頑張ってさえいれば定期的な昇進が約束される」という、労働者にめちゃくちゃ有利な部分もあるのだが、「残業を断りにくい」などの不利な部分もある。

なお、欧米のやり方が理想視されがちだが、職務契約重視の働き方は、「協力して柔軟にやっていく」とか「イレギュラーに対応する」みたいなことが難しいので、一長一短だ。

 

「残業」することにはメリットがあるので、辞めさせるのは難しい

日本でも、2018年の「働き方改革」など、労働時間をきっちり規制していこうとする動きが進んでいる。

基本的に、ほとんどの経営者は、なるべく残業をさせてくないと考えている。残業が多くなれば残業代を支払わなければならないからだ。そのため、上司も、残業を減らすように指示される場合が多い。

ただ、残業は、当の社員たちにとってメリットがある。「だらだら仕事をすると給料が増える」からだ。

職務範囲が明確な場合、「自分の職務能力の証明のためにも、なるべく時間内にタスクを終わらせよう」というインセンティブが働く。

職務範囲が曖昧な場合、「苦労して効率化するよりも、だらだら働いて残業代もらったほうがおいしい」となりやすい。

「頑張っても終わらない仕事で、必然的に残業が発生している」のか「残業代を目的にだらだら仕事をやっている」のか、ケースバイケースなので、一概にルールで対応するのは難しい。

「じゃあ労働者それぞれのタスクを明確にするべきじゃないか?」と考えるかもしれないが、定型化が進んだ仕事は、「正社員」を雇うまでもなく、調整しやすい派遣社員やアルバイトで十分、となりやすい。

最後にまとめると、

  • 職務範囲が曖昧で、それなりに裁量のある働き方をしている
  • 企業内での頑張りが次のキャリアにつながる
  • だらだらと仕事をするほど残業代をもらえるインセンティブがある

という理由において、日本企業では残業が発生しやすい。

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