日本企業のキャリアを表す言葉に、「職能資格制度」がある。
人事評価などの際に出てくる言葉で、人事に携わる人や、キャリア関係の仕事をする人であれば、ちゃんと理解しておかなければならない概念だ。
だが、「職能資格制度」は、背景にある本音を覆い隠しているようなところがあり、「字的な意味」と「実際の意味」が乖離している。
そのため、「職能資格制度」という言葉は、普通に考えたら意味不明なのだ。
普通、言葉は字面からなんとなくの意味を推測できるが、「職能資格制度」はそうではない。そこらへんの歴史や経緯も含めて、ちゃんとわかるように解説する。
「職能資格制度」とは何か?ざっくり解説
「職能資格制度」は、ようは、「年功序列の働き方」を理屈づけた言葉だ。
日本は「年功序列」の企業が多いが、それを、「年齢とともに地位と賃金が上がっていく制度」というと、格好がつかない。
制度として格好のつく枠組みが必要で、そのために、「職能資格制度」という言葉が使われているのだ。
だから、「職能資格制度」は、「年功序列の働き方」と、だいたい同じ意味と考えて、それほど間違いではない。
ざっくりとした理解としては「職能資格制度=年功序列」でもいいのだが、この記事では、もう少し詳しく解説していく。
「職能資格制度」という言葉の理解のためには、まず「職能」と「資格」についてそれぞれ解説する必要がある。
「職能」とは何か?
「職能(しょくのう)」という言葉は、「職務遂行能力」の略だ。
「職務遂行能力」は、「汎用的な仕事の能力」「どんな仕事にも対応できる応用力」というような意味。
また、「職能」という言葉は、専門的な職務能力を表す「職務」という言葉との対比において使われている。
- 「職能」……汎用的な職業能力
- 「職務」……専門的な職業能力
一般の使い方と別に言葉を定義しているので、この「職能」という言葉の時点で、多くの人が混乱してしまうだろう。
「職能」は、「汎用的な能力」という意味で使われている。
日本型雇用は、欧米のように「職務を見て(専門性を評価して)」採用するわけではなく、ポテンシャルを見込んだ「社員」に、様々な部署を経験させながら成長させていく、というキャリアの仕組みになっている。
その場合、職務能力(専門性)だけで人材を評価することができない。そこで持ち出されたのが、「汎用的な職務遂行能力」という意味を表す「職能」という言葉だ。
また、「職能」は、「経験(勤続年数)によって上がっていく」ことになっている。
「職能資格制度」は、経験によって向上していく「職能(汎用的な能力)」を、「資格」によって表す制度という意味だ。
では「資格」とは何なのだろうか?
「資格」とは何か?
「職能資格制度」における「資格」という言葉は、一般的な用法とはやや違う文脈で用いられている。
医師の「資格」とか、弁護士の「資格」のような、権利や能力を反映したものでは必ずしもないからだ。
「職能資格制度」の「資格」は、「漠然と偉さを表す、特に実態のない名称」だ。軍隊における「階級」や、ゲームにおける「ランク」のようなものと考えるとわかりやすい。
「資格」は、「役職」という言葉と対比される。
- 「役職」……○○長、部長、課長など、実態を反映した地位
- 「資格」……○等級、主査補、参事など、なんとなくの偉さの指標
多くの日本企業では、上のように「役職」と「資格」という言葉が使い分けられている。
「役職」は実態を反映している。例えば、「部長」は「部」に一人だけだし、「課長」は「課」に一人だけだ。「経理」ならば、経理をする仕事だとある程度は推測できる。
だが、「資格」は、「○○等級」「○級社員」というような形で、特に何かやっているという実態を反映しているわけではないし、基本的には勤続年数によって上がっていく。
なぜ「資格」が必要かというと、「役職」は数が限られているので、「出世している感」を出せないからだ。
日本型雇用においては、社員のモチベーションを保つため、勤続年数や頑張り具合によって出世させていく必要があるし、その序列を制度化する必要がある。しかし、実態を反映する「役職」だけでは足りないので、特に意味のないランクのようなものである「資格」が必要だったのだ。
この発想は「軍隊」から来ている。軍隊における「○等兵」「軍曹」「曹長」といった階級も、実際の役割と結びついているわけではないが、秩序を形成する上で重要な仕組みだ。
なお、企業によっては、「役職」と「資格」がごっちゃになっている場合もあるようだ。
他の企業と取引をするときなどに、「役職があれば格好がつくから」などの理由で、特に実態とは関係なくとも、「役職」が「資格」のように使われる場合もある。
「職能資格制度」の本音と建前
上で説明してきたように、「職能資格制度」は、「職能(経験によって向上していく職能資格制度)」が、「資格(役職とは関係ないランク」によって表される、という言葉だ。
ようするに「年功序列」なのだが、「年功序列」という本音を隠すために使われている言葉なので、字面から意味が推測できないようになっている。
そもそも、「職能」という「汎用的な職務遂行能力」が、勤続年数に比例するというのは、それほど自明の前提ではないだろう。だが、「職務遂行能力が勤続年数に比例する」という建前が重視されているのだ。
日本型雇用における「職能資格制度(年功序列の働き方)」の本音は、
- 若い社員は、安く使えるので、最初は仕事ができなくても雇用できる
- 中堅社員は、途中でやめると不利になりやすいので、会社から逃げずに一生懸命働いてくれる
- 高齢になった社員は、定年で退職してもらうが、これまでの功績に応じて給料は高くするし、退職金を支払う
- 新卒から育ててもらった企業を裏切る社員は信用ならないので、労働市場での評価は低くなる
というのがある。(今の日本型雇用はこれほど極端ではないが、上のような考え方が強い影響力を持っていた時期もあった。)
「年功序列」の本音の部分を露骨に出すのがアレなので、「勤続年数に応じて能力が上がっていく」という建前が持ち出され、それが「職能」という言葉で表現されている。
「年功序列」の建前のための概念である「職能」を、さらに実態の伴わない「資格」によって、制度としての体裁を整えているのが「職能資格制度」だ。
そのため、真面目に意味を考えようとするほど、よくわからなくなる言葉なのだ。
「職能資格制度」の事例
最後に、どういう感じで「職能資格制度」が運営されがちなのかを解説する。
「役職」の場合は、「○○長」「○○長代理」「○○部」という、ある程度は実態を反映しているものが多い。
「資格」は、「等級」などの言葉で表現されることが多く、例えば、
- 1等級〜9等級
- M1〜M9(MはMissonの略)
- 上級社員〜下級職員
のようなものが一般的だ。
また、「主任」「主査」「参事」などの言葉は、「役職」として使われる場合もあるし、「資格」として使われる場合もある。
なお、企業の人事評価においては、「役職」と「資格」を組み合わせて社員の地位を表すことが多い。
例えば、「勤続○年からは○等級に出世するのが通常で、評価によって昇進速度に多少の差は出る。部長の役職に就けるのは○等級から……」みたいな感じだ。
ただ、上で述べてきたように、「資格」は「建前上の等級」なので、職務の実態と連動しているわけではない。そのため、どういう組み合わせをしても、わりとなんでもいい。
大企業だと、何らかの基準がしっかり整備されている場合が多いだろうが、中小やベンチャーだと、かなり適当にやっているところも多いだろう。
というわけで、以上が「職能資格制度」の解説になる。
本質的な部分がわかれば、「なんだくだらねえ」という話かもしれないが、人事やキャリアの仕事に携わる人は知っておかなければならないことなので、この記事が参考になったのなら幸いだ。
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