日本は、「管理職」になる人が多い国だ。
そのためか、「日本の管理職」について、様々なことが言われる。
- 日本は管理職は数が多すぎる
- 日本の管理職には専門性が足りない
- 日本の管理職はマネジメントやリーダーシップに乏しい
- 管理職の女性比率が低い
- 管理職のプロ意識が低い
- 社員が管理職の言うことを聞かない
などなど、色々とあるが、「日本人の管理職は無能」というイメージは、基本的には間違っていない。
しかし、日本の管理職が無能だからといって、「日本人の働き方」が劣っているというわけでは必ずしもない。
この記事では、「なぜ日本の管理職は無能なのか?」の構造的な理由を、背景にある雇用システムの分析や欧米との比較を通して、詳しく解説したい。
日本企業で働いている人や、管理職のポジションに就いている・これから就くかもしれない人にとって、有益な内容になっていると思う。
目次
雇用システムが違うので、「管理職」という概念の単純比較は難しい
「雇用システム」は、国ごとに違いがあり、特に日本は欧米などと比べて、特殊な働き方をしている。
それでも、「雇用の国際比較」はよく行われていて、特に注目されるのは「管理職の女性比率」だ。日本は女性の管理職の比率が非常に低く、国ごとの男女平等ランキングでは良くない評価になりやすい。
だが、雇用システムの根幹が違うので、「日本の管理職」と「欧米の管理職」を、同じ「管理職」という括りで把握して比較すること自体、多くのものを見落としてしまう。
そもそも、どこからどこまでの仕事が「管理職」なのか?
国際的な職業比較のために、国際労働機関 (ILO)のような組織は、「ISCO(International Standard Classification of Occupations):国際標準職業分類」のような指標を作っている。しかしこれも、日本の雇用制度の実情を考慮したものとは言えない。
各国の様々な事情を切り捨てる国際機関の指標に追従することが、ある意味では、多様性に欠けた行いとも言える。(もっとも、国際比較が無価値なものとは決して言えないし、女性管理職の比率が低いという問題を日本が無視していいというわけではない。)
この記事では、なぜ「管理職」という括りで、日本と欧米を単純比較してはならないのか、すなわち、「雇用システムが違う」とはどういうことなのかを、これ以降で解説していく。
日本は、ただ経験を積んだだけの人が管理職になる
日本と欧米の「管理職」の特徴を簡単に説明すると、「日本は信頼できる人が管理職になり、欧米はスキルのある人が管理職になる」システムだ。
日本の場合は、会社に長く勤めれば管理職になりやすいので、幅広い人が管理職になる。
一方で、欧米の場合は、最初から管理職としての専門性を磨いた、一握りのエリートが管理職になる。
- 日本では、同じ企業での経験を長く積んだ、「信頼できる人」が管理職になる
- 欧米では、最初から管理職としての経験を積んだ、「スキルのある人」が管理職になる
日本の管理職において重要なのは「信頼」なので、会社を辞めた中年の管理職が、別の会社で同じように管理職を続けるのは難しい。
一方で、欧米の管理職において重要なのは「専門性」なので、成果を出した「管理職」は、様々な企業を渡り歩きながら、自らのスキルと職歴を高めていく働き方をする。
そのため、日本と欧米とでは、「管理(Management)」という言葉から受ける印象が、大きく異るかもしれない。
欧米では、「管理」は、限られたトップ層が行う仕事なのだ。
日本の場合は、特に訓練を受けたわけではなくても、長く働いているというだけで「管理的な業務」に昇進していく。
「日本の上司は無能」とよく言われるが、管理職としての専門性を身に着けたわけでもない人が、昇進していきなり管理職になるのだから、それもそのはずだ。
しかし、「無能な管理職」を生み出す日本型雇用のシステムが、欧米より劣った仕組みだと言い切ることもできない。
「無能な管理職」と「有能な現場」は、トレードオフだからだ。
- 日本は、「責任を負うリーダーと、能動的な現場」
- 欧米は、「専門性のあるリーダーと、受動的な現場」
という形のセットになっていて、それぞれに強みと弱みがあるのだ。
欧米は日本よりもずっとトップダウンな社会
実は、欧米は、日本人が思っているよりもずっと「トップダウン(上意下達)」な社会だ。
「無能な上の判断に逆らえない」という悩みは、日本人の労働者にありがちなものだろう。そこから、「日本社会はトップダウンだから良くない」という意見も出てくる。
しかし、欧米は、そもそも「上の判断に逆らえないことで悩む」という発想がないくらい、トップダウンな社会だ。なぜなら、欧米は、「指示する人」と「指示される人」の分業がしっかりしているからだ。
役割分担が明確な欧米の場合、「指示される人」からすれば、そのプロジェクトがうまく進んでいるかどうかは、「指示する人」の責任であって自分の考えることではない、となる。
欧米の部下にとっては、職務契約上の仕事をきちんとこなせているかどうかが重要で、プロジェクト全体がうまくいっているかどうかは「指示される」側が考える必要はない(そもそも裁量がないわけだし……)、という発想だ。だから、仕事全体の進捗が滞っていても、定められた時間が来れば仕事を切り上げることができる。
日本の場合は、役割分担が曖昧で、部下も上司も、全員がプロジェクトの進捗を考える。そのため、進捗が滞っていれば、全員が残業をして仕事を進める、ということになりやすい。
よく、「欧米は成果主義」とか「欧米はワークライフバランスが充実している」ということが言われるが、「階層によって働き方が大きく異なる」という見方をしたほうが、実情を捉えている。
- 欧米の「指示する人(管理職)」は、成果主義
- 欧米の「指示される人」は、ワークライフバランスが充実
(「成果主義」について詳しくは、「成果主義」とは何か?日本で失敗、勘違いされてきた理由を参考)
欧米は、役割分担がきっちりしているからこそ、「上司は成果主義の働き方をできるし、部下は労働法にきちんと守られる」働き方ができる。
一方で日本の場合、役割分担があいまいなので、「上司は成果主義ではないし、部下は労働法にきちんと守られない」働き方になっている。
- 日本の「指示する人(管理職)」は、成果主義ではない
- 日本の「指示される人」は、ワークライフバランスが充実していない
となる。
日本人の労働者は、「管理職なのにあまり裁量がなく、ただの社員なのにそれなりの裁量がある」といった状態なのだ。
「なぜ日本の会社は残業が発生しやすく、日本人は断れないのか?」という記事でも解説したが、
- 裁量がないから、仕事がラク
- 裁量があるけど、仕事がキツい
というのは、トレードオフになりがちだ。
また、「裁量のある働き方」をすることは、今後のキャリアにおいても重要である。
ワークライフバランスが充実した欧米の働き方を羨ましく思う日本人は多いかもしれないが、それは多くの場合「裁量がないから、仕事がラク」という状態で、働いても出世する可能性がないから、ゆるい働き方ができるのだ。
一方で、日本人の「社員」は、「裁量があるから、仕事がキツい」という状態で、将来は出世して管理力になれる可能性があるから、末端の立場でも一生懸命働く。
日本社会は、日本人が思っているほどトップダウンではない。むしろ逆で、日本の強みは「現場」が能動的に働けることにある。
日本人の働き方は「現場重視」であり、だからこそ、リーダーの主な仕事が「責任を負う」ことになりやすい。
「トップの替えがきく」とか「リーダーは飾り」ということがよく言われるが、これこそが、「現場が能動的に機能する」という日本人の働き方の強みなのだ。
一方で、欧米は、分業がしっかり機能するからこそ、リーダーの影響力が大きい。
欧米の働き方は、「リーダーの影響力が大きい」「ロジックに一貫性がある」「ファクトやエビデンスを重視する」というイメージが強いが、それは知的水準が高いというよりも、トップダウンが成立していることによるものが大きい。役割分担ができているので、上の判断を下が逆らわず、リーダーシップや専門性が機能しやすい構造なのだ。
逆に日本は、トップダウンでないからこそ、裁量があまりない管理的な業務がやたらと増えやすい。
ただ、欧米は日本と比べて、現場のモチベーションがかなり低い。「日本人は勤勉で、欧米人は働かない」というイメージもあるが、これも構造的な要因が大きく、トップダウンで現場に裁量が与えられないからこそ、受動的で、ワークライフバランスを重視するのだ。
日本の管理職は無能で、女性が不利になりやすい制度だが、だからといって欧米の真似をすれば良いわけではない
日本の「管理職」は、欧米の基準では変な働き方かもしれないが、上で述べてきたように、「リーダーの裁量が弱く、現場が能動的」と「リーダーの裁量が強く、現場が受動的」は、構造的なトレードオフになっているので、どちらが良いということも言えない。
欧米のリーダー層を指差しながら「日本の上司はなんでこんなに無能なんだ!」と言うのは簡単だが、特定の層ではなく、社会全体を見なければフェアではない。
もちろん、日本型雇用には良くないところがたくさんある。それは例えば、
- 新卒一括採用のタイミングを逃すと不利になりやすい
- 長く働いた会社を辞めると不利になりやすい
- 出産・育児でキャリアが途絶える女性が不利になりやすい
- 博士号持ちなど専門性のある人材を活かしにくい
などの形で表れるし、これから解決していかなければならない問題だ。
一方で、欧米には欧米の問題があり、それは「格差が固定化されやすい」ことだ。役割分担が明確だからこそ、トップ層はずっとトップ層、指示される仕事はずっと指示される仕事、という形で、階層が固定化されていく。
格差の再生産は日本でも大きな問題になっているが、それでも、長期勤続によって職種が移動していくシステムであることで、まだ欧米よりは格差が固定化しにくいようになっている。
欧米は、日本よりもずっと「職種による格差」が大きくなりやすいのだ。
「管理職の男女比率」は、国際比較などにおいて言及されやすいトピックだが、「男女比」を平等の指標とするやり方は、欧米に有利なやり方に過ぎないとも言える。
欧米は、「職種によって待遇が大きく異なる社会」なので、アファーマティブ・アクションなどの施策によって、「待遇の良い仕事」の男女比率を同等にすることが「平等」という発想になる。実際に欧米は、このやり方で結果を出している。
だが、欧米における「男女平等」の進みは、「別の不平等」の反映であるという見方も必要である。
極端な仮定だが、仮に、待遇の良い職に就けるかどうかの最も大きなファクターが「親の階層」だったとする。その場合、生まれる男女の比率はおよそ半々なので、「階級間の格差が絶対的になものになるほど、男女平等が実現する」となってしまう。
「男女比率」という平等の指標は、「職業」という形で格差が再生産されやすい欧米に有利なものなのだ。(もちろん、だからといって日本が男女平等の問題を無視して良いことにはならないが。)
欧米が提示する「男女平等」などのコンセプト自体は非常に重要なものだが、だからといって日本が欧米のシステムをそのまま見習えば、社会が良くなるわけではない。
日本型雇用は、
- 管理職は無能だが、現場が能動的
- 女性や専門家が不利になりやすいが、職業間の格差は固定化しにくい
という特徴があり、欠点の裏には利点もある。
もちろん、トレードオフになっているからといって、問題の部分を無視して良いわけでは決してない。だが、以上までで述べてきた対比を踏まえなければ、正しく問題を把握することができない。
「日本は駄目だから欧米を見習え」という言説は多いが、欧米のシステムも完璧とは程遠いので、それぞれのトレードオフになっている部分を見なければ、問題を適切に把握して改善していくことも難しいだろう。
まとめ:日本の管理職の特徴
日本の管理職の特徴をまとめると、
- 管理職としての「専門性」を鍛えてきた人ではなく、勤続年数の長い「信頼できる人」が管理職になる
- 管理職にとって重要なのは「信頼」なので、長期勤続した企業を辞めると、管理職として働けなくなることが多い
- 分業が機能していないので、管理職にそれほど裁量がなく、トップダウンが機能しにくい
- トップダウンではなく、現場の裁量が大きいので、あまり待遇の良くない管理的な業務が増えやすい
となる。
日本人の多くは「現場優先で上はお飾り」という感覚を持っていて、管理職になりやすいが、なったからといってあまり恩恵がない。
管理職になるのを嫌がる日本人は多く、いわゆる「中間管理職」は、裁量がないのに上司と部下の板挟みになる、ストレスの多い仕事というイメージが強い。
そもそも、単純に報酬を比較しても、日本の管理職は給料がめちゃくちゃ低い。(参考:日本の管理職の給与、中国、香港、シンガポールの半額以下のケースも-PR TIMES 、 CEO報酬の国際比較(日本、アメリカ、ヨーロッパ)-Knight@中小企業診断士)
裁量の面からも、報酬の面からも、日本の「管理職」と欧米の「管理職」では、概念そのものが異なると考えたほうがいいかもしれない。
国際比較をする上では同じ「管理職」というカテゴリーになるが、日本における「管理職」は、他国とは別物なのだ。
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