日本の労働問題の中でも、最も多いのは、過剰労働や残業代の未払いだろう。
実は日本では、企業が労働時間の上限なしに社員を働かせることに対して、明確な罰則を与えるルールが整備されていなかった。
しかし、2019年から施行された「働き方改革法案」の「残業時間の上限規制」によって、労働時間の規制を守らない企業には罰則が科されるようになった。
「労働時間の上限」については、「労働時間の上限」を労働者の目線でわかりやすく解説【法律違反かどうかの判定基準】の記事でわかりやすく解説している。

上の記事の内容をざっくり言うと、
- 「月160時間」「年1920時間」を超えると残業代が必要
- 「月260時間」「年2640時間」を超えた労働は違法
となる。
上を守らなかった企業には罰則が科される。
この記事では、
- 「法定労働時間」を超えて働かされているのに残業代が出ていない場合
- 「労働時間の上限」を超えて働かされている場合
- 自分の会社が労働時間をごまかしている場合
について、労働時間の「証拠」をどうやって用意するのか、どうやって企業側に対抗するのか、を解説する。
何が「証拠」になるのか?
企業は、従業員の労働時間の把握が義務であり、開示請求されたときはそれを提出しなければならない。
違法に従業員を働かせている企業側も、労働時間に上限があることはわかっているので、実際の労働時間よりも少なくに記録しているだろう。
労働者が出した労働の「証拠」と、企業側の記録に食い違いが発生すれば、企業側の非が認められることになる。
何よりもまず、「実はこれだけ働いている」という「証拠」が必要だ。
では、何が「証拠」になり得るのだろうか?
労働者が提示できる現実的な労働時間の「証拠」は、以下が考えられる。
- 時刻を写した画像データや動画データ
- 業務に関する書類
- メールやLINEの記録
- 交通系ICカードの履歴
- タクシーの領収書
- 家族や同僚の証言
- 自分でつけた記録
時刻を写した画像データや動画データ
出勤と退勤の時間に、社内の時計が映った写真や動画を撮って保存しておくと、客観的な証拠として認められやすい。
パソコンを扱う業務の場合、スクリーンショットや、直接画面をスマホで撮影するのが有効だ。
電車通勤の場合は、会社の最寄りの駅の時計を撮るといい。(交通系ICカードの履歴と合わせて証拠になる。)
自動車通勤の場合は、時計は自前のものでいいので、駐車場などの定位置で、通勤時、退勤時に、外の明るさと時計を一緒に写した写真を撮るといいだろう。(外を映すのは時計の時刻に信憑性を持たせるため。)
業務に関する書類
もし会社を告発することを視野に入れているなら、会社側が発行した文章は、基本的にすべて保存しておくとよい。
労働時間に加味されていない持ち帰りの仕事などは、会社からの書類が証拠になる場合がある。
メールやLINE
メールやLINEなどによる仕事上のやり取りも、プリントアウトして持っておくとよい。
業務上の連絡や上司からの指示などは、該当する時間に働いていた証拠になり得る。
交通系ICカードの履歴、タクシーの領収書
交通系ICカードの履歴は、半年以内であれば取得することができるし、改札を通った時刻がわかる。
電車通勤であれば、電車の利用履歴は客観性の高い証拠になる。
タクシーを頻繁に利用しているなら、領収書にも時刻が記載されているので、領収書を保存しておきたい。
家族や同僚の証言
裁判では、出勤と帰宅の時間についての家族の証言や、労働内容についての同僚の証言も、証拠として加味されることがある。
ただ、労働審判や労働裁判で証人を用意するところまでやるのは、あまり現実的ではないかもしれない。
自分でつけた記録
自分でつけたメモだけでは客観的な証拠としては見なされにくいが、他の客観的な証拠と紐付けて提出することを考えよう。
実質的な労働時間について、会社側は正確な記録を提出しないので、自分で記録をつけておくのが大前提となる。
おすすめの証拠の集め方を解説
「明らかに過剰労働させられているのだが、今から証拠を集めたい」という人が、具体的に何をすればいいのかを解説する。
会社が労働時間をごまかしている場合、それを裏付ける「会社発行の文章」や「メール・LINEでのやり取り」があれば有利になる。しかし、文章やメールだけで、十分な証拠が揃う場合は多くない。
労働時間の問題の場合、「月の合計でどれくらい働いたか?」の数字を出したいので、単発的な残業の指示を集めても、証拠としては心もとない。
今から「証拠」を用意したいなら、出勤時・退勤時の時刻を記録し、それを裏付ける画像や動画を撮るのが、おすすめできる現実的な方法と言える。
出勤・退勤時に、会社にある時計の写真や、会社で使うPCに表示されている時刻の写真を撮り、自分でつけた労働時間の記録と対応させれば、客観的な証拠と見なされやすい。
とはいえ、出勤・退勤のタイミングで毎日写真を撮るのは、周囲にばれるリスクや手間などを考えて、難しい場合がある。特に日本のスマートフォンは、写真を撮るときにシャッター音が鳴る仕様のものが多く、写真を撮ったことを周囲に気づかれやすい。
こっそり撮りたいのであれば「動画」がおすすめだ。動画を起動しながら社内を歩き、どこかのタイミングで時刻の表示を収めれば、それが十分な証拠になる。
動画ファイルは、画像よりも容量が重く、管理が面倒であるというデメリットもあるが、写真よりも確度の高い証拠になり得るし、周囲にばれずに時刻を記録するのにも適している。
それでも、社内で時刻を撮るチャンスがない場合もあるだろう。
「電車通勤」であれば、「最寄りの駅の時計の写真」を出勤・退勤時に記録し、交通系ICカードの履歴とセットで出すとよい。
「自動車通勤」であれば、出勤・退勤時に、駐車場などの定位置から、「車外の風景を時計とセットで撮る」のがいいだろう。自前の時計であっても、外の明るさが時刻の裏付けになる。
- 労働時間の詳細な記録を自分でつける
- 出勤・退勤時の時刻がわかる画像を用意する
- 労働時間の記録を、出勤・退勤の時間が裏付けている
を用意するのが、労働者が現実的に可能な方法だろう。
「労働時間」は、明確な定義が難しい概念ではある。しかし、出社させておいて「労働時間ではない」は基本的に通らないので、出勤・退勤時の時間の客観的な証拠は武器になる。
近年は、コロナ禍によって、出社しないリモートワークが増えているが、リモートワークはログを集めやすいので、その点では証拠集めが簡単になるとも言える。
労働裁判の実情について
企業に過剰労働をさせられながら、証拠を準備するのは、かなりハードルが高く感じるだろう。
過剰労働の問題において、日本の労働者が不利であることは否めない。
日本の労働者の不利さは、「日本型雇用」という日本人の働き方に起因する。(日本型雇用についての詳しい解説まではここではできないので、以下の記事を参考にしてほしい。)
「日本型雇用」の仕組みの上では、「社員を解雇すること」には厳しく制限されているが、「社員を長期間働かせること」は実質的に許されている。
2019年まで、上限を超えた時間外労働は、禁止されてはいたが、具体的な罰則が与えられるものではなかった。
過労死の問題などがフォーカスされるなど、問題意識の高まりから、2019年からの「働き方改革関連法」では、残業時間の上限規制を守らない企業に対して、「6カ月以下の懲役」または「30万円以下の罰金」が科されるようになった。
「決められた労働時間を守らない」企業に対して、明確な罰則が規定されたのが、2019年になってやっとのことなのだ!
日本社会が、「従業員の労働時間を守る」ことを軽視していたことは否めないだろう。
そして、今もなお、労働時間に関しては企業側が有利だ。
罰則が明確にはなったものの、一度の違反で、いきなり書類送検や実刑判決が下されるとは考えにくい。
最初は「労働基準監督署から是正勧告」という形になることが多く、労働者から一度だけ告発されただけでは、企業側にはあまりダメージがない。
労働者側は、長期間働かせられて疲弊した状況のなか、ちゃんと証拠を集めて、自分で弁護士等に相談しなければならない。弁護士費用も下手すると50万円ほどかかり馬鹿にならない。告発した後は、その会社に居られなくなる場合が多く、転職先を探さなければならない。
企業を告発する側の負担があまりにも大きいのだ。
一方で、そうやって告発されても、企業側が受けるダメージはそれほどでもない。
そのため、是正の動きが進んでいるものの、労働時間の問題に関しては、まだまだ企業側が有利であるというのが実情だろう。
もっとも、最近は企業側も、労働時間がネットでの炎上に繋がるなどの危機意識を持っているし、罰則も規定されたことから、ちゃんと労働時間を守らなければならないという意識は強まってはいる。
違法残業に苦しむ労働者は何をするべきか?「自分の利益」を最優先に考えよう
企業が違反している証拠を集めたあと、「何をするべきか?」としては
- 労働環境を改善させて、その企業で働き続ける
- その企業を辞めて、失業保険を受給する
- その企業を辞めて、別の企業に転職する
- ネットで企業を告発して、社会的な制裁を与える
などが考えられる。
それぞれ解説していく。
労働環境を改善させて、その企業で働き続ける
今後もその企業で働き続けたい場合は、労働基準監督署や弁護士に相談するのではなく、「労働組合」に相談するべきだ。
自分の労働環境の改善を企業に持ちかけたいのであれば、自社の労働組合に話して、交渉してもらうのが正統なやり方になる。(もっとも、ブラック企業と呼ばれるようなところは、労働組合が機能していなかったり、存在しないところも多いが。)
告発したり、弁護士を雇って交渉する場合、基本的にその企業には居られなくなると考えたほうがいいだろう。
社員数が多い大企業ならば、告発した後も、何事もなく働き続けることは可能かもしれない。しかし、従業員と企業が運命共同体に結びついている「日本型雇用」では、企業を告発したり裁判を起こした社員がその後も気持ちよく働き続けられる可能性は低い。
法的な正当性よりも、人間心理的な話で、裏切り者と認知されれば、明文化されない形で不利な采配を食らうかもしれない。
その企業を辞めて、失業保険を受給する
もし、企業を辞めるつもりで、その後の転職先が決まっていない場合、自分から企業に辞表を出さずに、交渉する際には「会社都合退職」を狙うのがよいだろう。
「自己都合退職」よりも「会社都合退職」のほうが、失業保険をもらえる期間が長くなる。
「会社都合退職」については、「会社を辞めるとき「会社都合退職」を狙うべきか、「自己都合退職」でいいのか?」で詳しく解説しているので、参考にしてほしい。

その企業を辞めて、転職先を探す
転職活動は、エネルギーが必要なものなので、長時間労働で苦しんでいる人は、そもそも転職活動に割けるリソースが残っていないだろう。
失業保険を受給しながら次の就職先を探すのもいいが、失業中に仕事を探すよりも、「転職」といった形で、企業に所属しながら次の仕事先を探したほうが、やりやすい場合が多い。
これは重要なことだが、企業を告発するからといって、すぐに「辞表」を出してはいけない。
日本における企業と従業員の関係で、従業員にとって有利な部分は「辞めさせられないが、いつでも辞めることができる」ことであり、それを利用しない手はない。自分から辞表を出すのは、有利な要素を自ら手放してしまうことになるので、企業から辞表を催促されたとしても、ギリギリまで粘ろう。
必ずしも推奨するわけではないが、以下のような方法が考えられる。
- 労働時間の上限を超えた労働をさせられている証拠を保存する
- 病院に行き、「働きすぎで体調が悪く、会社に行けなくなった」と言って診断書をもらう
- 体調不良で働けないと企業に連絡を入れて、あとの連絡は無視
- 弁護士に相談して、会社との交渉に入る
- 交渉中の期間に、会社には行かず、転職活動をする
- 交渉期間中に転職先が決まればその企業へ、決まらなければ失業保険
これはあくまで一例で、弁護士に相談するのも有料だし、最善の方法とまでは言えないが、参考にはなるだろう。
(弁護士費用が払えないならば、「弁護士に相談」の過程をすっ飛ばして、自分で交渉するやり方もあるが、一般的な労働者にとってはハードルが高いので推奨はしない。)
企業が法律に違反して労働者を長期間働かせている場合、その結果として体調不良や精神的な不調を訴え、会社からの連絡を遮断しても、労働者に非があるとは見なされにくい。
長時間労働が続いている場合、労働者自身の判断力が鈍っている可能性があるので、「とりあえず会社からの連絡を断ってゆっくり休む」のが重要かもしれない。
やってはいけないのは、「すぐに辞表を出してしまうこと」だ。会社からの電話をしばらく無視してもそれほど不利にはならないが、自分から辞表を出してしまうと交渉で不利になる。
ネットで企業を告発して、社会的な制裁を与える
ルールを守らない企業に対して、怒りを感じている人は多いかもしれない。
証拠を手にしたときに、労働者ができる「企業にダメージを与えるための方法」は、SNSやブログを使って違法行為を告発することだ。
経営者や企業は、ネットで悪評が広まることを恐れているので、ネットでの告発は、企業にダメージを与えられる可能性が高い。
しかし、自分の人生を最優先に考えた場合、ネットを介して企業を攻撃することが良いやり方なのかは疑問だ。悪質な企業と戦うのは、それはそれで尊いことではあり、SNSで話題になれば、応援してくれる人も現れるだろう。しかし、そのような人たちが、あなたの人生の長期的な利益を考えてくれるわけではない。
ネット上で企業を積極的に批判しようとする人の大半は、単に安心して攻撃できる対象を求めているだけであり、ネット炎上というやり方をすれば、「悪を糾弾するために別の悪を使う」ことになってしまう。
企業側にひどく損害を与えた場合、告発した側が不利になる場合もある。
また、裁判で正当性を争って勝ったとしても、労力の割に得られるものは少ない。
悪質な企業への怒りはあるかもしれないが、企業と戦って勝っても、実利がほとんどないことは留意しよう。
「自分の利益」を最優先に考えるなら、「正当性を争う」よりも「交渉して自分に有利な条件を引き出そうとする」べきだ。
「長時間労働の体調不良で会社に行けなくなった」と言って企業側と交渉した場合、うまく行けば、残業代や、交渉期間中の給料をもらった上で、次の転職先で働くことができる。
ちゃんとした交渉ができそうなのであれば、ネット炎上を狙うのは思い留まったほうがいい。
以上、「労働時間の法律違反や残業代未払いの企業への対策、証拠の集め方など」を解説してきた。
「労働時間の上限を守らなければならない」という風潮は強まっているし、実際に罰則も整備された。
長時間労働に苦しむ人は、判断力や、抵抗する気力を奪われるので、その意味でも、ルールを破って過剰労働を課す企業側の罪は重いと言える。
しかし、企業側に対する罰則は、現状ではまだ手探りの状態というのが実情だ。
違法残業の証拠を掴んだ労働者は、企業に対して有利に出ることができる。しかし、法廷で争ったり、ネットで炎上させたりしても、労働者側が何らかの実利を得られるわけではないので、「交渉して良い条件を引き出して辞める」のが落とし所になる場合が多いだろう。
違法に残業させている企業の肩を持つわけではないし、裁判やネット炎上を狙う人をあえて止めるつもりはない。ただ、違法企業との戦いに人生の貴重な時間とリソースを費やしても割りに合わないことが多いので、追い詰められて判断力が鈍りがちな状況だからこそ、「何が自分の得になるのか?」を意識して行動することをおすすめする。
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