弱いのは労働者か?それとも経営者か?日本社会の労使対立を解説

「労働者」と「経営者」は、基本的には、協力し合う関係にある。

会社の業績が良くなれば互いにメリットがあるという点では、利害が一致している。

しかし、「労使(労働者と経営者)」は、対立するものでもある。

  • 労働者は、なるべく楽な仕事で、より多くの賃金を得たい
  • 経営者は、なるべく多くの仕事を、より安い賃金で行わせたい

という形で、利害が一致せず、対立する部分もあるのだ。

今回は、「日本型雇用」と呼ばれるような日本社会の働き方において、「労働者と経営者、どちらが強く、どちらが弱いのか?」を解説したい。

これを見ている人のほとんどは「労働者」の側だと思うが、労使対立の要点を知っておけば、企業と何かあったときに有利に立ち回れる可能性があるので、参考にしていってほしい。

日本企業は「年功序列」であることを強いられている

SNSやネット上の書き込みは、「経営者」を非難する言説が主流だ。

なぜなら、単純に「労働者」のほうが数が多いからだ。

だが実は、労働者が「経営者の立場は強すぎる」と思っているのと同様に、経営者は「労働者の立場は強すぎる」と思っている。

では、実態としてはどうなのだろうか?

「日本型雇用」における、労使のそれぞれの強みを知るためには、「年功序列」という制度に注目するとわかりやすい。

「年功序列」は、企業に勤めた長さと、待遇が比例する仕組みだ。「実力」ではなく「年齢」が重要になる。

実は、「年功序列」は、経営者が良いと思っているから維持されている仕組みではない。年功序列を今すぐにでも廃止したいと考えている経営者はたくさんいるだろう。しかし、日本の企業は「年功序列」であることを強いられている。

日本型雇用はいつからできたのか?今後どうなるのか?」で詳しく解説したが、戦後の労働運動によって、「企業に長く勤めていると、給料が増えていく」という権利を労働者たちが勝ち取った。それが「年功序列」だ。

「年功序列」の具体的な決まりは、企業の「労使協定」や「就業規則」によって定められている場合が多い。また、日本社会が「年功序列」であるという実態は、裁判所が過去に出してきた判例などによっても補強されている。

「年功序列」は、労働者側の権利であり、経営者の一存で「今から年功序列を止めます」ということはできないのだ。

そして、「年功序列」において重要なのは、「年功序列」と「社員を解雇しにくい」がセットになっていなければならないことだ。

もし、労働者を簡単に解雇できるならば、経営者は「年功序列」で給料が高くなったタイミングでクビにするだろう。それが可能なら「年功序列」という制度がそもそも成り立たない。

つまり、「社員を解雇しにくい」は、「年功序列」の必要条件なのだ。

実際に、日本は、経営者は簡単に労働者を解雇できない国だ。よっぽど経営が傾かない限りは解雇が認められず、例えば「仕事がちゃんとできない」などの理由で労働者を解雇することは難しい。

その代わり、日本は「社員の配置転換をしやすい」社会になっている。

日本企業の「配置転換(働く仕事の内容や場所を変えること)」の自由度は、職務契約を重視する欧米社会からは異質に映るそうだ。例えば、家族と離れた場所に働きに行かせる「転勤」を、企業が命じることができるというのは、かなり企業側の権限が強い。

これは、「社員を解雇しにくい」からこそ「社員の配置転換をしやすい」というトレードオフになっているのだ。仕事ができなくてもクビにできない代わりに、ある程度は企業側の都合のいいように仕事を命じていいことになっている。

つまり、

  • 年功序列
  • 社員を解雇しにくい
  • 社員の配置転換をしやすい

は、それぞれ繋がっているのだ。

「年功序列」が制度として成り立つためには、「社員を解雇」が難しくなければならず、その代わりに企業は「社員の配置転換」の自由度がある、という仕組みが「日本型雇用」だ。

実態としては、上の話がきっちり当てはまる場合ばかりではないかもしれない。例えば、労働組合の活動が行われていない中小企業や、振興の大企業、ベンチャー企業は、「年功序列」があまり機能していない場合もある。

また、「社員を解雇しにくい」といっても、濱口桂一郎『日本の雇用と中高年』の書籍で書かれているように、法的には解雇しにくいので、プレッシャーをかけて自分から辞表を出させるというようなことが行われていたりする。

また、「社員の配置転換しやすい」というのも、近年の働き方改革や男女平等制作の流れで、企業はそれほど自由に配置転換を命じられなくなっているという事情もあるようだ。

「日本型雇用」に、様々なところでほころびが生じているのは事実だ。

それでも、現時点のほとんどの大企業の給与体系が未だに「年功序列」であるように、「日本型雇用」のベースとなるシステムは今も機能し続けているので、労働者としての立ち回りを意識する上で、「日本型雇用」について知っておくことは重要だ。

「日本型雇用」についてより詳しくは、「日本型雇用(日本的経営)とは何か?メリットとデメリットを解説」を参考。

日本型雇用(日本的経営)とは何か?メリットとデメリットを解説

 

労働者側の強みは何か?

「日本型雇用」において、「辞める」「辞めさせられない」に関しては、労働者が有利だ。

労働者は、自分の好きなタイミングで辞めることができるし、簡単に辞めさせられない。

日本では、「退職代行」というサービスが流行しているが、代行業者に頼まずとも、辞表を郵送で送りさえすれば、普通に辞められる。

詳しくは「退職代行が流行する日本社会の闇」で解説しているが、急に仕事を放り出して即日退職するような辞め方をしても、実質的に、企業は何もできない場合が多い。

「急に辞めると損害賠償を請求されるのではないか?」と怖がる人もいるかもしれない。

職務契約が厳密な欧米の雇用システムの場合、無責任な辞め方をして損害が発生すれば、それが賠償請求に繋がることもあるかもしれない。だが、日本企業は、職務範囲が曖昧な「社員の配置転換をしやすい」やり方で雇用しているがゆえに、急に辞められて迷惑したとしても、企業側は退職と損害の因果関係を証明するのが難しく、まず何もできないのだ。

だからこそ、企業はモラハラのようなやり方で労働者の離職を防ごうとするし、それゆえに「退職代行」が流行るのだろうが、急に「辞表」を送りつけていきなり辞めても特に問題はないし、無料で辞めることができる。

また、「辞めさせられない」のも、日本の労働者が持つ非常に強い権利と言える。

「その企業に所属し続ける権利」は、当人である日本の労働者たちが思っている以上に強力なものだ。仕事ができないという理由で、企業は労働者をクビにするのは難しいし、やろうと思えば、開き直って会社に寄生し続けることも、できなくはない。

だが、日本企業は、法的に解雇が難しいからこそ、空気や人間関係によって、社員に自主的に退職を迫ろうとする。「いじめて辞めさせる」みたいなやり方は、程度にもよるが、常識的な感覚を持つ人なら耐え難いだろう。

それでも、露骨に辞めさせようとするやり方は、証拠を記録しておけば企業側に反撃できるし、自分から辞表を出さない「辞めさせられない」というのは、労働者にとって非常に有利な状況だ。

何かしら企業とトラブルが起こって、これから交渉や裁判などが起こるかもしれない状況のとき、会社を休んだり連絡を無視したりするのは多少構わないが、「自分から辞表を出す」ことに関しては慎重になったほうがいい。

 

経営者側の強みは何か?

日本社会では、「長く働かせる」「熱心に働かせる」ことに関しては、経営者が有利だ。

法的には、2019年から施行の「働き方改革」で、労働時間の具体的な上限と罰則が定められるなど、経営者に対する規制は強まりつつある。(これについて詳しくは、「「労働時間の上限」を労働者の目線でわかりやすく解説【法律違反かどうかの判定基準】」を参考にしてほしい。)

しかし、それでもまだ、「働かせ方」に関しては、経営者が有利であることは、変わりないように思う。

「労働法」自体は、そもそも労働者側を守るために整備されたものであり、法的な解釈や判例などは、労働者を有利にするためのものが多い。

だが、たとえ「法的」な正当性があったとしても、「現実的」には労働者が不利になりやすいのだ。

法律によって正当性を争うためには

  • 客観性のある「証拠」を集める
  • 弁護士を雇う費用を負担する
  • その会社を辞めたあとに就職する企業を探す

をしなければならない。これは、過剰労働やパワハラなどによって追い詰められている労働者にとっては、非常にハードルが高いだろう。

経営者が過剰な労働を要求している場合でも、労働者がそれを告発するためのコストが大きいので、実質的には経営者が有利なのだ。

会社を移動しにくい「日本型雇用」だからこそ、経営者が有利になりやすい。

転職活動の負担が大きく、転職によって給料が下がりやすいので、労働者からすれば、たとえ企業に不満があったとしても、そこで働き続けるという選択肢が最善という状況になりがちだ。

ただ、労働時間などの規制は厳しくなっているし、企業も下手なことをするとネット炎上などで評判を落とすリスクを抱えている。まだ経営者側が有利ではあるだろうが、昔ほど好き勝手できるような状況でもない。

 

労働者がうまく立ち回るためには

以上までの話をまとめると、「日本型雇用」において

POINT

  • 「辞められる」「辞めさせられない」に関しては、労働者側が有利
  • 「長く働かせる」「熱心に働かせる」に関しては、経営者側が有利

となる。

労働者がうまく立ち回る上で重要なのは、まず、「自分から辞表を出すのはやめよう」ということになる。

転職先がすでに決まっている場合や、一刻も早くその会社との関係を断ちたいのであれば、辞表を出してもいい。

だが、会社との間で何か問題が起こっている状況のときに、自分から辞表を出してしまうと、その後に交渉などをしようとしても、不利になる場合が多い。

会社側からは簡単にクビを切れない(根拠のない解雇をした場合不利になる)ので、何か問題が起こったとき、「辞表を出せ!」とプレッシャーをかけられるかもしれないが、会社からの連絡を無視してもいいので、とりあえず辞表は出さないようにして、労働局、労基、弁護士などに相談しよう。(参考:労働問題はどこに相談すればいい?違法残業、解雇、ハラスメントなどの相談先を解説

ただ、労働者としての立ち回りを考えたとき、企業と裁判で争う状況まで行くのはおすすめしない。裁判で勝ったとして、自分の気が晴れたり、正義は実現するかもしれないが、かけたコストに見合うだけの利益があるわけではないからだ。

「日本型雇用」は、良くも悪くも入った会社に左右されるので、いま所属している企業がどうしようもないと感じたとき、「よりマシな会社に転職する」のが、現実的な解決策になるだろう。

転職の際も、労働者の有利な面を活かすなら、「体調不良で働けなくなったことにして、休職しながら転職活動をする」「手を抜いて仕事をしながら転職先を探す」というやり方が考えられる。

転職活動は、一度失業者になってから仕事を探すよりも、会社に所属した状態で探すほうが有利なことが多い。もし転職に失敗しても、元の会社にしがみつくという選択肢も残される。

とにかく、「辞めさせられないし、好きなときに辞められる」ことが労働者側の強みだ。「辞表」を出すとその強みを失ってしまうことになるので、「辞表」は決めるべきことがすべて決まった最後に提出しよう。

 

弱いのは労働者か、それとも経営者か

結論としては、労働者と経営者、どちらも弱い。

「悪者」として取り上げられて認知されるのは、一部の極端な例であり、大多数の真面目な人たちは、それぞれに理不尽な目に合っている。

ネットでは経営者が叩かれがちだが、多くの経営者は、「仕事をこなす意欲も能力もないモンスター労働者を、辞めさせることができない」という状況に苦しんだ経験を持っている。

もちろん、悪質な働かせ方をする企業に苦しめられている労働者もたくさんいるだろう。

労働者側、経営者側のそれぞれに、強みと弱みがあり、どちら側にも苦しんでいる「弱者」はいる。

多くの人の一般的な「経営者」のイメージは、「積極的に発言したがる大企業の経営者」かもしれないが、中小企業を経営しているような経営者は視界に入っていない。経営者にも普通に弱者はいるし、「経営者だからこそ弱者」という状況も決して珍しくはないのだ。

ただ、労使で対立する側面があるのは事実だし、労働者として働く以上は、労働者の強みを活かして、自分が有利なように振る舞おうとするのは当然のことだ。

「日本型雇用」の場合、良くも悪くも、「どの企業に所属するか?」が待遇を左右するので、それを踏まえた上で、立ち回りを考えるべきだろう。

 

以上、労働者と経営者のそれぞれの強みと弱み、日本社会の労使対立について解説してきた。

当サイト「経済ノート」は、転職関連の記事なども出しているので、よければ以下も参考にしていってほしい。

 

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