「市場」の問題点は何か?お金を稼ぐ難易度が上がり続けているという話

これからの社会や経済の様々な問題を議論するときに踏まえるべき前提は、「市場からお金を稼ぐことが難しくなっている」ことだ。

「働いてお金を稼ぐ」ことの難易度は、昔よりも今のほうがずっと高くなっている。

経済政策、少子化対策、福祉政策など考えるときも、「お金を稼ぐことが難しくなった」ことをちゃんと踏まえなければならない。

お金を稼ぐことの難易度が上がり続けている

市場での競争が続くと、様々なアイデアが生まれ、商品の質が良くなり、価格も安くなっていく。

そのため、市場経済が成熟することは、基本的には良いこととされる。

しかし、質の悪い商品や、効率の悪い経営が、市場競争によって淘汰されていくというのは、そのまま「お金を稼ぐことの難易度が上がる」ことでもあるのだ。

ほとんどの人間は、消費者であると同時に、労働者でもある。

「市場経済の成熟(商品の質が良くなること、効率が良くなること)」は、消費者にとっては「良いこと」かもしれないが、労働者にとっては「悪いこと」だ。

「すぐれた商品が世に出回る」ことは、「そのような良い商品と競争して、価値を認められなければお金を稼げない」ことでもあり、働く側からすればむしろマイナスなのだ。

市場競争の結果、今よりも良い商品が巷に溢れたが、そのぶんだけ「働いてお金を稼ぐ」ことの難易度も上がってしまった。

そもそも、今の人が想像しているよりも、昔の人の「働き方」は、ずっとレベルが低かった。

今から30年ほど前は、パソコンを普通に操作してWordやExcelが使えるというだけで、専門技能と言えるレベルだった。(もちろん検索でわかるような情報も少なかったので、今よりも習得が難しかったが。)

今から50年ほど前は、小規模な小売業や、雑な飲食業や、農林自営業などの、生産性の低い事業でも、普通にやっていけて家族を養うことができた。(逆に消費者側からすれば、地元の商店街でものを買うしか選択肢がなかった時代だった。)

「社員旅行」とか「お茶くみ要因」とか、もちろん現代の基準では批判されるものではあるけれど、今となってはむしろ「会社にそんなことができる余裕があるってすごいね」という話でもある。

基本的に、今の労働者が置かれている環境は、昔の労働者が置かれている環境よりも、ずっとハードモードなのだ。

 

「市場」の何が問題なのか?

「市場」には、良い面もあるし、悪い面もある。

「市場」がもたらした「良い面」は、ものすごく大きい。市場は、単なる「豊かさ」にとどまらず、伝統に縛られず実力のある者が活躍できるという「公正さ」ををもたらした。

「より豊かに、より公正に」というのが、人々の望みだったからこそ、「市場」というシステムはここまで影響力を持つようになったのだ。

では、「市場」の問題点だが、

  • 必需品の価格が高いまま
  • 必需品が増えていく
  • 出産・育児が評価されない
  • ケアワークの問題を解決できない

が挙げられる。

以上の問題点について、これから説明していく。

 

必需品の価格が高いまま

基本的に、市場に流通する商品のクオリティは、昔よりも今のほうが、より安く、より高品質になっている。しかし、エッセンシャルなもの(生活必需品)ほど、昔と内容があまり変わらない。

電子機器や、情報系のサービスなどは、ここ数十年で、過去とは比べ物にならないくらいクオリティが高くなった。

例えば、同じ金額を出して買える「30年前のゲーム機」と「今のゲーム機」を比べれば、圧倒的な性能の差があるだろう。

しかし、食品や家賃など、生活に必須のものは、30年前と今とで、それほど大きく質が変わっていない。あるいは同価格でも内容量が少なくなったものさえある。

なぜそういうことが起こるかというと、その一つの要因として、市場価格が「需要と供給」によって決まることが挙げられる。

例えば我々は、何らかの食品の価格が10分の1になっていたとしても、10倍買うわけではない。「食べられる量」には限界があるからだ。市場において、何らかの生産物は、安ければ安いほどたくさん買われるというわけではない。

野菜などを供給する側の立場からすれば、たくさん作って価格を下げると、むしろ「総収益が減る」ということが起こるので、「もっとたくさん作れるポテンシャルがあるけど、生産量を制限する」ようになる。

食料品の生産者も、労働者であり、自分や家族が生活できるだけのお金を稼がなければならない。であるからには、自分たちの採算が成り立つ価格でしか生産物を売ることができない。

市場経済が発展するほど、様々な発明が世に出回る。しかし、「少ない稼ぎでも楽に暮らせる」ような形で発展するわけではないのだ。「売る側もお金を稼がないといけない」以上は、「安さ」はどこかの段階で下げ止まる。

品質に関しては、食料品も向上している。例えば、30年前と今とを比べて、スーパーやコンビニで売っている食べ物の味は、今のほうが良くなっているかもしれない。でもだからといって、30年前のクオリティのコンビニ弁当が30円で売られるみたいなことにはならない。

 

必需品が増える

現代において、LINEやメールなどで連絡が取れなければ、仕事がままならないことが多いので、スマートフォンは、生活必需品と言っても過言ではない。

人によっては「パソコン」も必需品となるかもしれない。

この手の「必需品」は、自分で準備することは不可能で、お金を払って市場から手に入れるしかない。

また、市場が成熟するほど、仕事内容が高度化して、より長期間の教育が必要になる。

「教育」や「職業訓練」などは、それがなければ著しく不利になるという意味では「新しい必需品」と言える。

そして、そのような「新しい必需品」は、自給自足や地域共同体から賄うことは不可能で、お金を出して市場から手に入れるしかない。

このようにして人々は、お金に依存する度合いが強まり、「市場」の影響力が増していく。

お金がなければまともに暮らせない社会になっていくと同時に、お金を稼ぐことが難しくなっていく。

市場経済において、たしかに優れたものが数多く世に出されたが、かといって生活が楽になっていくわけではないのだ。

 

出産・育児が評価されない

これが市場のもっとも大きな欠陥かもしれないが、「子供を産んで育てる」ことが、市場ではまったく評価されない。

これについて詳しくは、「なぜ少子化が起こっているのか?本質的な原因をわかりやすく解説」で説明した。

なぜ少子化が起こっているのか?本質的な原因をわかりやすく解説

市場経済においては、必需品の価格が安くなり続けるわけではないし、新しい必需品が増え、より多くの人が市場に頼らなければ生きていけなくなる。

そうやって市場の影響力が高まり続けているなか、「出産・育児」は、市場における活動においては、純粋な時間と労力の負担だ。

一般的に、経済成長した先進国は少子化が進むが、市場においては「出産・育児」が評価されないがゆえに、子供を作れない男女が増える。

これは現在の先進国が直面している課題で、これから解決策を見つけていかなければならないのだが、市場の影響力が一定の度合いに達した社会は、長期的に存続できないものになる可能性がある。

 

ケアワークの問題を解決できない

加齢や病気で動けなくなった人のケアワーク(介護職など)は、「エッセンシャルワーク(欠くことのない仕事)」と位置づけられることが多い。同時に、介護職は、給料の低さや待遇の悪さが問題視されている。

「なぜ重要な仕事をしている人たちなのに待遇が悪いの?」「なぜ需要があって人手不足なのに給料が低いままなの?」と疑問に思う人もいるかもしれない。

介護職が低賃金である理由は、「介護を受給する人がお金を稼げない」からだ。

ケアワークの「受給者(消費者)」は、お金を稼ぐことができないので、政府が補助するしかないのだが、「需要と供給」による市場の原理においては、介護事業が大きく儲けることは難しい。

政府が膨大な税金を介護に注ぎ込んだり、お金持ち専用の特別な介護サービスをするのでなければ、「介護」などのケアワークは給料が高くなりようがない。

今後、少子高齢化社会がやってくるが、それは、ほとんどの人が「消費者」でもあり「労働者」でもある、という前提が崩壊していくことでもある。

「健康を失い、ケアワークを享受するしかなくなった人をどうするか?」というのは、市場では解決しようのない問題なのだ。

 

昔の生活と今の生活

では、今ほど「市場」の影響力が高くなかった時代の人は、どういう生活をしていたのだろうか?

70年代の日本は、「一億総中流」という言葉が言われていた時代だった。これは、みんなが正社員として働いていたのではなく、地方の農村がそれなりに豊かだったことから来ている。(これに関して詳しくは、小熊英二『日本社会のしくみ』を参考にしてほしい。)

地域共同体がまだ影響力を持っていた時代は、今ほど「市場」に多くを頼っていなかった。地元のおすそ分けとか、自分でも農業をやっていたりとかで、「お金を出して買う」という選択肢があまり大きくなかった。もっとも、今のような大型商業施設やネット通販はなく、せいぜい地元の商店街くらいで、「市場で手に入るもの」も限られていた。

『日本社会のしくみ』によると、「一億総中流」と言われた70年代は、「農村的な豊かさ」と「経済成長(市場の影響力の増加)」が交差するときの均衡点のような状況であり、それ以降の80年代からは、日本でも少子化が進行していった。

  • 昔は、市場で手に入るものは今ほど多くなかったが、市場に依存している度合いは少なかった
  • 今は、市場で多くのものが手に入るが、市場に頼らなければ生きていけなくなったし、市場からお金を稼ぐ難易度も上がり続けている

 

まとめ

市場は、「豊かさ」や「公正さ」をもたらしたが、多くの問題を抱えている。

POINT

  • 市場競争が続くと、優れた商品が世に出回るようになる。それは消費者としては良いことだが、「市場からお金を稼ぐことが難しくなる」ので、労働者としてはハードモードになる。
  • 市場競争が続いても、生活必需品の価格は下げ止まるので、生活があまり楽にならない。
  • 市場が成熟するほど、スマホや教育が「新しい必需品」になり、それらは市場で購入しなければ手に入らないので、「市場」の影響力がより強くなっていく。
  • 市場において「育児・出産」は単純なマイナスなので、市場経済が成熟した先進国ほど、少子化が進んでいる。
  • 市場原理では、介護(すでにお金を稼げなくなった人をケアする仕事)の低待遇などの問題を解決できない。
  • 昔と比べて、市場から多くのものが手に入るようになったが、市場に頼らなければ生きていけなくなってしまった。

 

「経済成長したはずなのに、生活が楽になってる気がしない」という実感を持っている人は多いかもしれないが、上で述べてきたような事情がある。

なお、「市場」のもっともヤバい点は、「少子化が進んで社会が持続可能なものではなくなる」ことだろう。

「市場」の影響力が強くなりすぎた社会は持続不可能になるので、これからの社会を生きる人間は、この問題に対して何らかの解決策を見つけ出していかなければならない。

 

 

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