なぜ経済成長したのに生活が楽にならないのか?

日々労働をしていると、「なんで経済成長しているはずなのに生活が楽にならないんだ!?」と疑問に思うことがあるかもしれない。

むかしは、経済が発展していくことで生活が楽になると、素朴に信じられていた。

経済成長のジョン・メイナード・ケインズが、1930年の公演で「100年後には、人々の労働時間は週15時間になる」と予想したことは、よく引用される。(例えば、ルトガー・ブレグマン『隷属なき道』という書籍で引用されていた。)

しかし、現状の先進国は、週15時間の労働で暮らしていけるようには到底なっていない。

それどころか、どんどん忙しく、どんどん生活が苦しくなってきているという実感を持っている人も少なくないのではないだろうか。

どうしてこうなった?

今回は、「なぜ経済成長して豊かになったはずなのに、生活が楽にならないの?」という疑問に答える。

なぜ経済成長したのに生活が楽にならないのか?

なぜかというと、「市場経済においては、他人の生活を楽にするインセンティブがない」からだ。

市場で活動する上で、事業者は「お金を稼がなければならない」が、「他人を楽にする」ようなビジネスは、継続性がなく、儲かりにくい。

「たった1回使うだけで、完全に満ち足りた気持ちになる商品」がもし仮にあったとして、それを売る企業は、長期的には倒産してしまうだろう。満ち足りた人間は、商品を購入しなくなってしまうからだ。

消費者を「満たす」のではなく、「駆り立てる」のでなければ、企業は存続できない。市場はそういうシステムになっている。

つまるところ、経済成長を前提とする資本主義社会は、「消費者の生活を楽にすると社会を維持できない」のだ。

 

市場によって「生活が楽になる」フェイズが終わった

市場という仕組みが、生活の向上に寄与しないという主張をするつもりはない。

経済成長(市場経済の浸透)によって「生活が楽になる」ことは、昔はあった。だが現在の先進国においては、そのようなフェイズは終わってしまっている、という話なのだ。

伝統的な社会から、市場経済が普及していくフェイズでは、市場の働きによって生活がどんどん楽になっていった。

具体的には、冷蔵庫・洗濯機・テレビ、クーラー、自動車などが普及する段階までは、市場経済は「生活を楽にする」ことに寄与していただろう。

だが、一定の段階を過ぎてからは、市場経済が成熟しても「生活が楽になる」わけではなくなる。

つまり、「市場経済の普及フェイズにおいては、経済成長によって生活は楽になっていくが、市場の成熟が一定の段階を越えると、経済が発展しても生活が楽になるわけではない」ということだ。

 

質は良くなっていくが、安くはならない

市場によって、安くて質の高い商品が産み出されるのは事実だ。

今でも、商品の質は良くなり続けているし、これからも良くなっていくことが期待される。

しかし、「質は良くなっても、安くはならない」というのが、市場経済のルールだ。

例えば、今のコンビニ弁当は、30年前のコンビニ弁当と比較して、ずっと味が良くなっているかもしれない。その意味では、社会は豊かになっている。

しかし、だからといって、「30年前のコンビニ弁当の水準の食べ物が100円以下で売られる」わけではない。

売られる商品の質が平均的に上がったからといって、それよりも質の低いバージョンが安価で売られることは、実は市場においてはあまり起こらない。特にエッセンシャルなもの(生活必需品)ほど、価格が下がりにくい。

なぜ「低クオリティな代わりにめちゃくちゃ安い弁当」のようなものが販売されないかというと、作る側の採算がとれないからだ。

当たり前だが、市場で売られるものは、供給側の採算がとれる程度までしか安くならない。「30円で買えるクソマズ弁当」みたいなものが棚に並ぶことはない。

今後、もしかしたら「無料の食事」や「無料の賃貸」のようなビジネスが展開される可能性もあるが、それも結局のところ、若者など市場性のある人間に何らかの対価を支払わせるなど、「事業として成り立つ範囲で」しか成立しない。

 

生活コストはむしろ増える?

上で述べたように、市場が発展したとしても、生活に必要なものの値段は下げ止まる。

また、市場経済の成熟によって、「もともとは贅沢品だったものが、必需品になる」という流れが起きる。

スマートフォンなどはもはや、「それがないと仕事が成り立たないので、実質的に必需品」と言っても過言ではない。

社会が高学歴化・高技能化している先進国では、「教育費」なども、「それがなければ著しく不利になるもの」という扱いになっていく。

生活必需品のコストはそこまで下がらず、しかも「新しい必需品」が増えていく。

そのため、経済成長によって、生活コストは下がるどころか、むしろ増えていく傾向にある。

 

お金を稼ぐのが難しくなっていく

市場競争が進むほど、経営は効率化されていき、生産性の低い事業は淘汰されていく。

「市場」の問題点は何か?お金を稼ぐ難易度が上がり続けているという話」で詳しく述べたが、市場に質の高い商品が並ぶということは、消費者側からすれば良いことでも、労働者側からすれば「市場からお金を稼ぐ難易度が上がった」ことになる。

「市場」の問題点は何か?お金を稼ぐ難易度が上がり続けているという話

今の日本社会は、「消費者としては良い社会だが、労働者としては地獄」といった感じになっている。

生活必需品はそれほど安くならず、働いてお金を稼ぐことの難易度が上がっている。

ただでさえ労働者が厳しくなっていく環境において、少子高齢化が進み、労働者の比率が少なくなり続けている。

社会保障費が高騰し、可処分所得も少なくなっている。

働いている人が、今の日本社会に文句を言いたくなるのは当然だ。

これからは、「経済成長によって生活が楽になっていく」という前提を疑わなければならないのだが、すでに労働者でなくなった人たちには、このような問題意識が理解されにくいだろう。そして、少子高齢化によって少数派になりつつある若者は、ますます厳しい立場に立たされている。

ただ、若者は若者で、もっと成長しようとか、もっと価値を追求しようとか、「市場経済」を歓迎する考えをしがちな面もある。

つまるところ、「人間はそもそも楽になることを望んでいない」という話でもあり、これからも労働者たちは、苦しみながらも働き続けるしかないのかもしれない。

 

それでも、「少子化問題」は、解決を目指す必要がある。気になる方は以下を参考にしてほしい。

なぜ少子化が起こっているのか?本質的な原因をわかりやすく解説 少子化を解決するためには何をすればいいのか?少子化対策の実現が難しい理由も解説

 

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